2013年04月の記事一覧

月別アーカイブ:2013年04月

2013年04月の記事一覧。昔、明光通りの一角に和歌浦口売店がありました。その息子(今はじじ!)の紀州<和歌山>四方山話と還暦過ぎて始めた「もしもドロップショッピング」のぐうたらな噺です。

和歌山遺産
加太が誇る名物デザートのところてん。昔から地元の女性が原料となる天草を収穫し、干して水をかける工程を繰り返し加工する。赤色の天草を6月から8月に堤防で天日にさらす光景は風物詩。白くなった天草を煮出してエキスを抽出し、固める。三杯酢か黒蜜をかけて食べるのが定番で、よく冷やしたものはおやつや湯上がりにぴったり。加太では飲食店や旅館で食べられるほか、土産物用の天草も人気。つるんとなめらかなのどごしと、涼し...

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和歌山遺産
夏の夕暮れ、県警察音楽隊が県民に贈るコンサート。1972年に始まり、今年が40年目、重ねた演奏会は233回を数える。当初は和歌山城一の橋付近で開いていたが、県立近代美術館が和歌山市吹上に移転した1994年7月、同館前エントランス広場に会場を移した。現在は6〜8月の第2、4金曜に開催。開演時間の午後6時にはうちわを手にした子どもからお年寄りまで500人以上が集まる。昭和の曲、アニメソング、AKB48のヒット曲…。足繁く通う...

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和歌山遺産
 日本の夏に欠かせない「蚊取り線香」は有田市が発祥。同市発行の「私たちの有田市」によると、1886年、同市山田原出身で大日本除虫菊の創業者、上山英一郎氏が米国から人や動物に害はなく、蚊の駆除ができる成分を含む除虫菊の栽培を開始。88年には大正除虫菊創業者の御前七郎右衛門がバルカン半島産の除虫菊の種子を手に入れ、裁培に成功した。90年には、上山氏が棒状の蚊取り線香を考案し、その後、妻ゆきが渦巻き型を発案した...

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和歌山遺産
 和歌浦湾のオーシャンビューがまぶしい網代浜。旅館木村屋の海側にあるビーチバーは夏季限定で客を迎える。店名の「バグース」はインドネシア語で「最高」の意味。海に面し、カウンターやテーブルに流木をふんだんに使った店は“自然の中に造られた海の家”のよう。5月中旬から10月中旬に店を開け、店内でライブ、秋には砂浜で祭りやワークショップを行う。その魅力は口コミで広がり、和歌山県内だけでなく関西各地にファンは多い...

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和歌山遺産
今年59回目を数える港まつり花火大会。和歌山市の夏の風物詩といえる花火大会で、会場の和歌山港周辺は毎年約20万人であふれる。長い間、終業式と同じ7月20日に開催され、夏気分を盛り上げてきた。この日のために浴衣を仕立てたり、花火の見物ポイントを探したり。朝からソワソワと落ち着かない人も多いのでは。約3千発の花火が夜空を彩り、夏のアルバムの一ページに深く刻まれるだろう。ニュース和歌山より抜粋。。。...

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紀州人
手作り授業が育む思いやり                             県環境学習アドバイザー  平井 さん 学校や教員養成講習へ出向き、自然の大切さを伝える平井研さん(34)は、海や森の生態系を専門にする県環境学習アドバイザーだ。人間や魚、木が描かれたカードを輪に並べるゲームで自然の循環に気づかせ、キャップ一杯の清涼飲料水を海に見立てた水に落とす実験で、飲み残しによる海洋汚染の実態を教える...

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紀州人
濱口梧陵の教訓 今に                              広川町語り部サークル  﨑山代表 様 東日本大震災後、津波防災の生きた教材として関心が高まる「稲むらの火」。その物語の舞台となった広川町で濱口梧陵の偉業を伝えるのが同町語り部サークルだ。あの震災から2年、「時間が経つと、どうしても関心は薄くなってしまう」と懸念するのは、代表を務める﨑山光一さん(63)。「しかし、次の東南海...

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紀州人
地域の絆が最大の備え                       片男波自治会防災部長 玉置さん 海に面した片男波地区で暮らす約1000人の半数は65歳以上。将来発生が予想される東南海・南海地震に備え、同地区自治会の玉置成夫防災部長(75)は地域の防災活動を積極的に進める。災害時を想定した動きを取り入れた防災運動会や、独自の助け合い協力制度を自治会で取り組み、地域の絆を深める。「防災は向こう三軒両隣が最も...

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紀州人
災害に強い故郷づくりを                            震災から命を守る会 臼井 理事長 様 NPO「震災から命を守る会」の理事長、臼井康浩さん(47)が目指すのは「災害、防災に強い和歌山づくり」だ。講演では、震災現場の写真で家具の転倒防止の必要性を訴え、防災の教室では、園児に卵の殻の上を歩かせ、靴の準備の大切さを体感させる。災害時の身の回りを具体的に想定した備えこそ命を守ると...

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和歌山遺産
⑦観光遺産 大池遊園のボート桜の季節になると貴志川線に乗って多くの花見客が訪れる大池遊園。ボートで池に乗り出し、桜や貴志川線の電車を眺める人の姿は今も絶えない。ボートを運営するのは池のほとりで宴会場を営む花田屋。1930年(昭和5年)から貸しボートを始め、手こぎに加え、25年前から始めた足こぎを合わせて約50艘ある。昭和40〜50年代は、親子連れやカップルでボートを楽しむ姿が多く見られた。現在は池の水位が下がっ...

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和歌山遺産
⑥交通遺産河西橋あと3年で百歳の「河西橋」は紀の川の河口、北島橋と紀ノ川大橋の中間に架かる古い橋。渡るのに少し心もとないが、レンガ造りの橋脚からは戦前戦後が濃厚に香る。そもそも1911年(明治44年)に開業した加太軽便鉄道の紀ノ川橋梁として14年に架けられた。戦後は和歌山市、東松江間を走る南海加太線北島支線として使われたが、ジェーン台風で損傷。一時使われなくなったが、54年に市に譲られ、河西橋となった。行き来...

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和歌山遺産
⑤活動遺産平和の鐘打鐘会終戦記念日の8月15日正午過ぎ、町中のあちこちに鐘の音が響く。この日を「争いなき日」と定めた和歌山ユネスコ協会が1948年から60年以上にわたり、和歌山市岡山丁の時鐘堂をはじめ、同市内の寺院を中心に開いている打鐘会。昨年は27会場で、1272人が世界平和を祈って鐘を打ち鳴らした。2000年には日本ユネスコ協会連盟が「平和の鐘を鳴らす運動」をスタートさせ、昨年は全国50のユネスコ協会が参加した。平...

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和歌山遺産
④安全遺産喜の国信号JR和歌山駅前の交差点で通行者、特にお年寄りの安全を見守る信号機の補助装置。歩道に埋め込まれており、青の時は左の矢印、赤の時は右の×印が点灯する。設置のきっかけは、小学生がすりガラスのメガネをかけ、白内障を疑似体験したとのニュース。これを見た県警職員が信号機までの距離が離れている大きな交差点でもお年寄りが安心して渡れるようにと提案し、1995年9月15日に公園前と三木町の交差点に設けら...

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和歌山遺産
③味覚遺産元祖丸正のたこやき今も多くの人の心に残る丸正百貨店。その丸正の味を今に伝えるのが「OKINA」の「元祖丸正のたこやき」だ。丸正のたこやきは昭和30年代後半に地本信代さんが始めた。もともと丸正の地下1階で寿司や総菜を扱う中、「何か名物を」と売り出した。少しおおぶりのたこやきにタコも大きめ。サクラエビを加えたりと、最近は地本さんの孫、隆哉さんが工夫を凝らしているが、トロリと甘いタレは昔から変わら...

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和歌山遺産
②産業遺産 明遺産紀伊中ノ島駅の柱1901年(明治34年)に操業を始めた官営八幡製鉄所の初期に作られたレールが、JR紀伊中ノ島駅のホームの柱や梁(はり)に使われ、日本の近代化の歴史を刻む。日本の産業遺産を研究する産業考古学会が2009年、県内初の推薦産業遺産に認定。レールを鉄骨に使用する例は確認されるが、同製鉄所の創業時の製品は、全国でも極めてまれ。中ノ島駅には、1902年から03年に製造されたレール約50本が使われ...

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和歌山遺産
①発明遺産じゃんけんロボットこども科学館(和歌山市寄合町)入口に立ち、子どもたちをじゃんけんで迎える。1981年の開館から勝負を挑み続け、これまで100万人以上を相手にしてきた強者だ。「ジャンケンポン」の掛け声に合わせてグー、チョキ、パーのボタンを選ぶだけのシンプルなゲーム。普段は座っているが、勝負の際には2メートルある体を起き上がらせ、右腕からランダムにこぶしを繰り出す。2005年には、挑戦者が負けかあいこ...

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ゆるキャラ
和歌山観光PRシンボルキャラクター"わかぱん"は、ツイッターでの情報発信をはじめ、着ぐるみとして観光PRイベントに登場するなどして、和歌山観光のPRのため日々奮闘しております。和歌山県観光連盟 わかぱん @wakayamakanko わかぱんです!和歌山県の観光を盛り上げることが仕事です!今、和歌山には私以外に7頭のパンダがいるんだよ。これはもちろん日本一!高野山や熊野古道は世界遺産だし、ミシュラン三つ星だし、和歌山スゴ...

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紀州人
和大防災教育チーム SAZANKA南海トラフ地震がもしも和歌山を襲ったらーー。東日本大震災からまもなく2年。「和歌山大学の学生にもできることがあるはず」と震災発生後立ち上げたSAZANKAは、小学校やイベントで子どもたちの前に立ち、「自分の身は自分で守ろう」と防災を呼びかける。サザンカの花言葉は「困難に打ち勝つ」。卒業や入学でメンバーが替わりながらも先輩の思いを引き継ぎ、10人が大輪の花を咲かせるた...

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紀州人
川常物産工場長  井澤一弘さん「骨を取るのが面倒」「のどに詰まるのが心配」「調理に時間がかかる」と敬遠されがちな魚を、手軽に安心して食べられるよう骨ぬき加工する川常物産(和歌山市榎原)工場長の井澤一弘さん(37)。太刀魚やサバ、ハモなど県産魚を中心に骨を取り除き、老人介護施設や小学校の給食用に送り届ける。「『魚はこんなにおいしいんだ』と魚食の魅力を再発見して欲しい」。水産物の需要が低迷する今、形と味...

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和歌山遺産
鉄道遺産:パンダシート紀勢本線を走る特急内で座っているかのように並ぶ4頭のパンダ。パンダが背もたれになった特製シートは、JR西日本が2009年、「パンダ=和歌山のイメージを京阪神に根付かせよう」と京都─新宮間を走るくろしおに設置した。3種類の車両があるくろしおの中で設けられているのは、通常運行時のパノラマ型グリーン車だけ。4号車16番の4席のみがパンダシートで、指定することはできない。家族連れが代わりばんこ...

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和歌山遺産
景観遺産:和歌浦の蓬莱岩和歌浦遊歩道沿いの小さな浜から海へせり出す蓬莱(ほうらい)岩。真ん中に穴があり、一本の松を残した奇妙な岩だが、波に洗われるたたずまいには独特の風情が漂う。和歌浦が観光客や新婚旅行客でにぎわったころは、絵ハガキや観光パンフレットに登場し、和歌浦のシンボルだったが、最近は人も少なく寂しげ。「少しやせてきた?」と危ぐする声もある。それでも天気の良い日は、漁港、名草山を背に和歌浦の...

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紀州人
チーズプロフェッショナル:宮本喜臣さん消費量最下位の地での挑戦  取り出した2種類のチーズ。一方を短冊切り、もう一方を専用の道具で花状にカットし、グラスに盛りつけて一輪の花を咲かせる。チーズの消費量全国最下位の和歌山で、その魅力を伝えようとセミナーの講師を務める紀の川市の宮本喜臣さん(39)は、“チーズ版ソムリエ”と言われるチーズプロフェッショナルの資格を持つ。平日は会社勤めのため、活動が土日に限られる...

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和歌山遺産
エレベーターと大陸橋和歌浦にある県公館の東側、奠供山の麓にかつてエレベータと、コンクリート橋があった。前者は1910年につくられた「和歌浦エレベータ」、後者は1933年につくられた「大陸橋」。いずれも観光のために設けられた。  かつての和歌浦は日本を代表する観光地のひとつであった。万葉ゆかりの地、あるいは多くの寺社仏閣を擁する伝統的な地域という印象だったが、明治時代末期から大正・昭和にかけては、観光客を呼...

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和歌山遺産
工芸遺産:漆塗り洋式便器海南市役所4階の男子トイレ。2つある個室のうち、右側の扉を開けると、見慣れた白……ではなく、光沢のある黒い洋式便器。ふたの上部に蒔絵のエンゼルフィッシュ3尾がゆうゆうと泳ぐ。  使うのをためらってしまいそうになるこのトイレは2010年秋、海南商工会議所会頭の角谷勝司さん、紀州漆器協同組合前理事長の井本剛さんらが紀州漆器のPRにと市に寄贈したもので、市役所内でここだけ。  なお、ふたは...

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和歌山遺産
味覚遺産:茶がゆ郷土料理の一つ、茶がゆ。ほうじ茶か番茶で炊き、温かいものや冷たいもの、もちやさつま芋を入れて煮るなど作り方は家庭によって様々だ。  『聞き書 和歌山の食事』(安藤精一編)には平野の少なく常食の米が不足しがちな和歌山県で、季節の素材を入れて、味を楽しみながら、少しでも米を食いのばせるようにとの工夫から茶がゆを食べる文化が広まったと記されている。  茶がゆを30年間提供し続けているアバロー...

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和歌山遺産
遊戯遺産:青空将棋道場「あー、今の一手で色わりなっと」「ほら、そこ桂馬あるで」。和歌山市木広町の新南公園で本将棋を楽しむ新南将棋クラブの歴史は40年以上。地区の老人クラブが始めたのがルーツだ。  連日午前から集まり始め、午後には各所で熱戦を展開、夕方には中高生が参戦することも。手作りの将棋盤に観戦者が集まり、腕を組んでジッと盤面を見たり、戦局にコメントしたり。全盛期には180人以上集まったが、今は60人程...

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和歌山遺産
レジャー遺産:お城の動物園和歌山城内を散策すると、どこからともなく聞こえる動物の鳴き声…。お城の動物園は1915年、全国で4番目に開園し、2年後に百周年を迎える。遠足や家族連れでのお出かけと、多くの市民の思い出を育むスポットだ。  ヤギ、シカ、ペンギン、ペリカンと30種類以上の動物たちが迎えてくれる。ツキノワグマのベニーは子どもに大人気で、人間でいうと80歳くらいだとか。和歌山城整備企画課の柳雄介さんは「無料...

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和歌山遺産
食文化遺産:みかんのむき方素早くみかんがむける方法「和歌山むき」。ヘタの反対の部分に指を入れ、ヘタの部分はつなげたまま4つに割る。ヘタの方より、皮から実を取るようにして食べる。残った皮は1枚、手裏剣のような形になる。  近年、即座にみかんがむけるとネット上で話題になった。有田市みかん課の中川真一主事は「ヘタの方から実を取ることで、白い筋が残りにくく、むいた後の皮が1枚になりゴミが散らばりません。みかん...

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和歌山遺産
風習遺産:中華そば  勘定の自己申告「中華に寿司2つ、卵1個で…」。和歌山名物となった中華そばの店で、当たり前に見られるお勘定の風景。中華そばに欠かせない早なれ寿司、巻き寿司、ゆで卵といったサイドメニューを自己申告するのは和歌山ならではだ。  新横浜ラーメン博物館に勤め、和歌山の中華そばを全国に知らしめた故武内伸さんは『和歌山の中華そばとラーメン』で「こんなシステムは他にはどこを探してもない」と記す。 ...

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⑤味覚遺産 : 加太のところてん



加太が誇る名物デザートのところてん。

昔から地元の女性が原料となる天草を収穫し、干して水をかける工程を繰り返し加工する。赤色の天草を6月から8月に堤防で天日にさらす光景は風物詩。

白くなった天草を煮出してエキスを抽出し、固める。

三杯酢か黒蜜をかけて食べるのが定番で、よく冷やしたものはおやつや湯上がりにぴったり。

加太では飲食店や旅館で食べられるほか、土産物用の天草も人気。

つるんとなめらかなのどごしと、涼しげな見た目は夏の海によく似合う。

(写真は満幸商店のところてん、300円)。

ニュース和歌山より抜粋。。。
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④音楽遺産 : たそがれコンサート



夏の夕暮れ、県警察音楽隊が県民に贈るコンサート。

1972年に始まり、今年が40年目、重ねた演奏会は233回を数える。

当初は和歌山城一の橋付近で開いていたが、県立近代美術館が和歌山市吹上に移転した1994年7月、

同館前エントランス広場に会場を移した。

現在は6〜8月の第2、4金曜に開催。開演時間の午後6時にはうちわを手にした子どもからお年寄りまで500人以上が集まる。

昭和の曲、アニメソング、AKB48のヒット曲…。

足繁く通う熱心なファンを飽きさせないため、演奏曲は毎回変更、多彩なプログラムで観客を魅了する。

ニュース和歌山より抜粋。。。
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③日用遺産 : 蚊取り線香



 日本の夏に欠かせない「蚊取り線香」は有田市が発祥。

同市発行の「私たちの有田市」によると、1886年、同市山田原出身で大日本除虫菊の創業者、上山英一郎氏が米国から人や動物に害はなく、蚊の駆除ができる成分を含む除虫菊の栽培を開始。

88年には大正除虫菊創業者の御前七郎右衛門がバルカン半島産の除虫菊の種子を手に入れ、裁培に成功した。

90年には、上山氏が棒状の蚊取り線香を考案し、その後、妻ゆきが渦巻き型を発案した。

1902年ころから販売が始まり、量産産術の開発で全国へ広がった。

同市で現在、蚊取り線香を製造する工場は少なくなったが、山田原に「除虫菊記念碑」、須佐神社に上山英一郎の銅像が立つ。

市役所東側には2001年から「除虫菊保存会」の人の手による除虫菊栽培が毎年行われ、同市はゆかりを守っている。

ニュース和歌山より抜粋。。。
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②スポット遺産 : バグース



 和歌浦湾のオーシャンビューがまぶしい網代浜。

旅館木村屋の海側にあるビーチバーは夏季限定で客を迎える。

店名の「バグース」はインドネシア語で「最高」の意味。海に面し、カウンターやテーブルに流木をふんだんに使った店は“自然の中に造られた海の家”のよう。

5月中旬から10月中旬に店を開け、店内でライブ、秋には砂浜で祭りやワークショップを行う。

その魅力は口コミで広がり、和歌山県内だけでなく関西各地にファンは多い。昼は海水浴を楽しむ親子で賑わい、夜はバーベキューをする若者グループや、静かな海を求めてカップルが足を運ぶ。昼夜で味わいの異なる人気スポットだ。

写真=流木を使った店構えが特徴

ニュース和歌山より抜粋。。。
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①祭り遺産 : 港まつり花火大会



今年59回目を数える港まつり花火大会。和歌山市の夏の風物詩といえる花火大会で、会場の和歌山港周辺は毎年約20万人であふれる。長い間、終業式と同じ7月20日に開催され、夏気分を盛り上げてきた。

この日のために浴衣を仕立てたり、花火の見物ポイントを探したり。朝からソワソワと落ち着かない人も多いのでは。

約3千発の花火が夜空を彩り、夏のアルバムの一ページに深く刻まれるだろう。

ニュース和歌山より抜粋。。。
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県環境学習アドバイザー

手作り授業が育む思いやり

                            県環境学習アドバイザー  平井 さん


 学校や教員養成講習へ出向き、自然の大切さを伝える平井研さん(34)は、海や森の生態系を専門にする県環境学習アドバイザーだ。人間や魚、木が描かれたカードを輪に並べるゲームで自然の循環に気づかせ、キャップ一杯の清涼飲料水を海に見立てた水に落とす実験で、飲み残しによる海洋汚染の実態を教える。「知識はいずれ忘れてしまうかもしれないけど感じたことは忘れない」。手作りのユニークな授業で自然への思いやりを育む。

観察ではなく“感察”

 体温計をくわえ熱を出している地球儀のイラスト。「地球はあと何十年ともたないかもしれない」──。小学5年の時、温暖化が深刻に綴られた理科の教材に思わず目を見開いた。何か自分にできないか。危機感から環境への関心が高まった。大学院で海の生態系を研究し、2005年から県内外の子どもに自然保護を伝える活動を始めた。
 昨年4月、県の環境学習アドバイザーに認定され、会社勤めをしながら紀北の小学校を中心に出張授業に出向く。海洋汚染や自然の循環を分かりやすく伝えるため、実験やクイズを交える。一方的な知識伝授ではなく、生徒自らが感じ気づく授業が平井流だ。
 野外授業で一番大切にしていることは「観察」ではなく五感で感じる「感察」。和歌浦の干潟でハクセンシオマネキやウミニナなどに触れるビンゴや、目隠しをして森の木に抱きつかせた後、目隠しを外し、触った木を探し出すネイチャーゲームなどを取り入れる。「自然を身近に感じて友達になってほしい。友達になると守ろうと自然愛が芽生える」。熱弁をふるいすぎ、「環境界の松岡修造さんのようと言われます」とはにかむ。
 子どもたちからは「自然がないと僕らは生きていけないことがわかった。大切にしていきたい」「生き物が絶滅してもあまり人間は気にしないけど、生活しづらくなっていると心に残った」など尊さを実感した手紙が届く。思いは刻まれたと感じる瞬間だ。
 出身は東大阪。和歌山に来た時、海の美しさに驚いた。「いつか大阪の子に和歌山の海を見せ、本来の海の美しさを伝え、和歌山の子には大阪湾を見せ、汚したらこんな海になってしまうことを実感させたい」。県の垣根を越えた相互学習も構想中だ。

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広川町語り部サークル

濱口梧陵の教訓 今に

                             広川町語り部サークル  﨑山代表 様


 東日本大震災後、津波防災の生きた教材として関心が高まる「稲むらの火」。その物語の舞台となった広川町で濱口梧陵の偉業を伝えるのが同町語り部サークルだ。あの震災から2年、「時間が経つと、どうしても関心は薄くなってしまう」と懸念するのは、代表を務める﨑山光一さん(63)。「しかし、次の東南海・南海地震は刻一刻と近づいているんです」。故郷の先人が約160年前にどう行動したのかを伝えながら、命をつなぐ方法を説く。

願いは一つ 津波犠牲者ゼロ

 「この話を知っていれば、あの子たちも命を落とさずにすんだでしょうね…」。活動の原点にあるのが、ある新聞記者からのこの一言。今も耳から離れることはない。
 1983年の日本海中部地震。発生直後、当時勤めていた広川町教委に「稲むらの火について教えてほしい」と取材の電話が入った。この地震では海岸を遠足で訪れていた小学生が津波にのみこまれ、うち13人の命が奪われた。
 町教委に勤務した10年余りの半分は社会教育を担当。幼児教育や文化財保護、高齢者の生涯教育などを1人で任される中、県教委が稲むらの火の16ミリ映画を制作した際は企画員の1人として手伝った。2003年、町の公民館が開いた語り部養成講座の講師を引き受け、翌年、受講者と語り部サークルを立ち上げた。
 当初、解説の依頼は全くなかった。しかし、04年12月のスマトラ島沖地震を機に徐々に増え始め、11年の東日本大震災後は殺到した。多い月で50団体に対応。語り部仲間16人と分担し、稲むらの火の館や、梧陵が築いた広村堤防で解説にあたる。
 以前は観光気分で訪れ、稲むらの火の館の売りである3Dシアターで津波を体感する人が多かったが、今は違う。「屋外で雨が降り始めても、『このまま聞かせてほしい』と説明に耳を傾けてくれる。真剣さが伝わってきます」
 「是れ此の築堤の工を起こして住民100世の安堵を図る所似なり」とは、広村堤防を築く際、梧陵が残した言葉。160年前の教訓を伝えながら、何より語気を強めるのは、地震が起これば海岸から高台へ逃げることだ。願いは一つ、「次に津波が襲ったとき、犠牲者をゼロにしたい。それだけです」。未来の命を守るため、警鐘を鳴らし続ける。

ニュース和歌山より抜粋。。。
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片男波自治会

地域の絆が最大の備え

                      片男波自治会防災部長 玉置さん


 海に面した片男波地区で暮らす約1000人の半数は65歳以上。将来発生が予想される東南海・南海地震に備え、同地区自治会の玉置成夫防災部長(75)は地域の防災活動を積極的に進める。災害時を想定した動きを取り入れた防災運動会や、独自の助け合い協力制度を自治会で取り組み、地域の絆を深める。「防災は向こう三軒両隣が最も重要。普段からの付き合いを大事にし、いざという時に助け合える関係を築く活動をしています」と話す。

活動は「飽きず、忘れず、疲れず」

 自治会長だった1995年、阪神・淡路大震災が起きた。住民の多くが地震の恐ろしさを実感し、「自治会で開く運動会に防災の要素を取り入れてはどうか」との声が上がった。布担架を作って荷物を運ぶリレーや、車いすに乗って坂道を上ることで災害弱者の立場を体験する競技を考え、いざという時に役立つ知識を体験的に学べるよう工夫した。「防災は頭で理解するだけでなく、楽しく取り組まないと続かない」と強調する。
 専門家を招いての勉強会開催や防災マップ作り、災害時に井戸を貸してくれる家庭のリスト化などに取り組んだが、住民の約半数は65歳以上の高齢者。実際に災害が起きた時の対応に不安を感じる人が多かった。
 そこで、災害時に周りの人を助けることができる人と助けに来てほしい人を自治会に登録する「災害時助け合い登録書」を考え、民生委員と連携し各家庭の状況を聞いて回った。2012年度は131人が助けに行く人、107人が要援護者に登録。情報は区長が共有する。「個人情報の扱いがデリケートになった現代、自治会と住民の信頼関係が欠かせない。地域あげてのチームワークが、暮らす人の安心と安全につながっています」と胸をはる。
 東日本大震災時には、多くの住民が避難所へ駆けつけ、協力を申し出ている登録者が足の不自由な高齢者を連れて避難した。あれから2年経った今月は、要援護者をリヤカーに乗せて避難する訓練を抜き打ちで実施。一人ひとりに避難できたか声をかけ、体調を気使うなど、常につながりを大切にする。
 「防災活動は飽きず、忘れず、疲れずが大事。住民間の絆を深め、人に優しい地域にしたい」と地元の未来を描く。


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震災から命を守る会


災害に強い故郷づくりを

                           震災から命を守る会 臼井 理事長 様


 NPO「震災から命を守る会」の理事長、臼井康浩さん(47)が目指すのは「災害、防災に強い和歌山づくり」だ。講演では、震災現場の写真で家具の転倒防止の必要性を訴え、防災の教室では、園児に卵の殻の上を歩かせ、靴の準備の大切さを体感させる。災害時の身の回りを具体的に想定した備えこそ命を守ると考える。将来、大震災が起こった後、「『あの防災体験があったから助かった』と一人でも多くの人に言ってもらいたい」と願いは深い。

命を守る平時の備え

 防災活動を始めたきっかけは「震災から命を守る会」創設者であり阪神・淡路大震災の被災者、故岩瀧幸則さんとの出会いだった。「ベッドが宙に浮き、テレビが目の前を横切った。家具の転倒防止をしておけばどれほどの命が助かったか」。岩瀧さんの体験にもとづいた言葉にふれ、「大地震発生の危険度が高い和歌山でこそ、この話を伝えていかなければ」と2005年、和歌山支部を立ち上げた。
 07年の新潟県中越沖地震の発生時には現地へ行き、余震が続く中、数多くの写真を撮影した。350キロのグランドピアノがひっくり返り、ロッカーが階下へ吹っ飛び、棚が散乱した状況を目の当たりにした。耐震補強した建物でも転倒防止対策をしていない家具の下敷きになったり、逃げ道がふさがれ命を落とす危険性を実感し、発生直後の状態に震災の真実を見た。同年から、「命を守るために平時に防災準備を」と県内各地で講演会や写真展を開いた。しかし、市民の反応は鈍く、危機感は感じられなかった。 反応が変わったのは11年の東日本大震災後。「以前教わったことは本当だった」と話に身をのり出す人が増えた。同会の理事長になり、防災に熱心な企業や学生、自治会と組み、活動の幅を広げた。
 毎年1月17日には「阪神・淡路大震災からの教訓」をテーマに親子向けの防災イベントを開く。児童には起震車で地震の怖さを伝え、「揺れている間はダンゴ虫になって」と分かりやすく教える。親には被災者の実体験を伝え、子どもの命を守る立場を自覚してもらい防災への本気を呼び起こす。
 防災対策の必要性を理解していても、避難袋の準備や家具を金具でとめるなど、実際に行動に移す人は少ない。「防災は、大切な人の命を守るためにやるべき当然の行為」と言い切る。「和歌山を守りたい」。その志を今日もまっすぐ投げかける。
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大池遊園のボート

⑦観光遺産
大池遊園のボート

桜の季節になると貴志川線に乗って多くの花見客が訪れる大池遊園。ボートで池に乗り出し、桜や貴志川線の電車を眺める人の姿は今も絶えない。ボートを運営するのは池のほとりで宴会場を営む花田屋。1930年(昭和5年)から貸しボートを始め、手こぎに加え、25年前から始めた足こぎを合わせて約50艘ある。昭和40〜50年代は、親子連れやカップルでボートを楽しむ姿が多く見られた。現在は池の水位が下がっているため休業中だが、3月中旬には再開する。900円。花田屋(0736・64・2077)。
写真=身近にボートが楽しめる

ニュース和歌山より抜粋。。。
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河西橋

⑥交通遺産
河西橋

あと3年で百歳の「河西橋」は紀の川の河口、北島橋と紀ノ川大橋の中間に架かる古い橋。渡るのに少し心もとないが、レンガ造りの橋脚からは戦前戦後が濃厚に香る。そもそも1911年(明治44年)に開業した加太軽便鉄道の紀ノ川橋梁として14年に架けられた。戦後は和歌山市、東松江間を走る南海加太線北島支線として使われたが、ジェーン台風で損傷。一時使われなくなったが、54年に市に譲られ、河西橋となった。行き来は歩行者と自転車、バイクのみ。遠くに見えるのは住金の工場と和泉山脈。時間の流れが遅い。

ニュース和歌山より抜粋。。。
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平和の鐘打鐘会

⑤活動遺産
平和の鐘打鐘会

終戦記念日の8月15日正午過ぎ、町中のあちこちに鐘の音が響く。この日を「争いなき日」と定めた和歌山ユネスコ協会が1948年から60年以上にわたり、和歌山市岡山丁の時鐘堂をはじめ、同市内の寺院を中心に開いている打鐘会。昨年は27会場で、1272人が世界平和を祈って鐘を打ち鳴らした。2000年には日本ユネスコ協会連盟が「平和の鐘を鳴らす運動」をスタートさせ、昨年は全国50のユネスコ協会が参加した。平和への願いをのせた鐘の音が、和歌山から全国へと広がっている。

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喜の国信号

④安全遺産
喜の国信号

JR和歌山駅前の交差点で通行者、特にお年寄りの安全を見守る信号機の補助装置。歩道に埋め込まれており、青の時は左の矢印、赤の時は右の×印が点灯する。設置のきっかけは、小学生がすりガラスのメガネをかけ、白内障を疑似体験したとのニュース。これを見た県警職員が信号機までの距離が離れている大きな交差点でもお年寄りが安心して渡れるようにと提案し、1995年9月15日に公園前と三木町の交差点に設けられた。一時は南海和歌山市駅前やJR海南駅前などにもあったが、今は和歌山駅前のみで、他府県にもない。警察官の思いやりが詰まった本格派遺産。
写真=お年寄りに優しい信号

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元祖丸正のたこやき

③味覚遺産
元祖丸正のたこやき

今も多くの人の心に残る丸正百貨店。その丸正の味を今に伝えるのが「OKINA」の「元祖丸正のたこやき」だ。丸正のたこやきは昭和30年代後半に地本信代さんが始めた。もともと丸正の地下1階で寿司や総菜を扱う中、「何か名物を」と売り出した。少しおおぶりのたこやきにタコも大きめ。サクラエビを加えたりと、最近は地本さんの孫、隆哉さんが工夫を凝らしているが、トロリと甘いタレは昔から変わらない秘伝の味。和歌山市本町のフォルテ横に構える店には、懐かしいあの味を求める人が今日も。

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紀伊中ノ島駅の柱

②産業遺産 明遺産
紀伊中ノ島駅の柱

1901年(明治34年)に操業を始めた官営八幡製鉄所の初期に作られたレールが、JR紀伊中ノ島駅のホームの柱や梁(はり)に使われ、日本の近代化の歴史を刻む。日本の産業遺産を研究する産業考古学会が2009年、県内初の推薦産業遺産に認定。レールを鉄骨に使用する例は確認されるが、同製鉄所の創業時の製品は、全国でも極めてまれ。中ノ島駅には、1902年から03年に製造されたレール約50本が使われ、この規模のものは全国でも例がない。さらに、梁に使われたレールは波状に加工され、専門家からは「日本の重工業の黎明期を現在に伝える貴重な物で、波状の加工は和歌山の黒潮をイメージしたのでは」との分析がある。
写真=波状の梁が特徴的

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じゃんけんロボット

①発明遺産
じゃんけんロボット

こども科学館(和歌山市寄合町)入口に立ち、子どもたちをじゃんけんで迎える。1981年の開館から勝負を挑み続け、これまで100万人以上を相手にしてきた強者だ。「ジャンケンポン」の掛け声に合わせてグー、チョキ、パーのボタンを選ぶだけのシンプルなゲーム。普段は座っているが、勝負の際には2メートルある体を起き上がらせ、右腕からランダムにこぶしを繰り出す。2005年には、挑戦者が負けかあいこのときのみに使える再挑戦ボタンが設置された。5回連続で勝つと恋愛が成就するというウワサも。ポーカーフェイスのみらいくん。きょうも訪れた子どもたちに真剣勝負を挑む。

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和歌山観光PRシンボルキャラクター

和歌山観光PRシンボルキャラクター"わかぱん"は、ツイッターでの情報発信をはじめ、着ぐるみとして観光PRイベントに登場するなどして、和歌山観光のPRのため日々奮闘しております。

和歌山県観光連盟 わかぱん

@wakayamakanko


わかぱんです!和歌山県の観光を盛り上げることが仕事です!
今、和歌山には私以外に7頭のパンダがいるんだよ。
これはもちろん日本一!高野山や熊野古道は世界遺産だし、ミシュラン三つ星だし、和歌山スゴくない!?
私も熊野古道を山ガールと歩きたいよ~(^.^) 
和歌山のステキをどんどんPRしますので、皆さんフォローしてね!

わかぱん について:http://www.wakayama-kanko.or.jp/news/2011/0914.html
和歌山県 · http://www.wakayama-kanko.or.jp/



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意識の種まきに学生の力

和大防災教育チーム
 SAZANKA

南海トラフ地震がもしも和歌山を襲ったらーー。東日本大震災からまもなく2年。「和歌山大学の学生にもできることがあるはず」と震災発生後立ち上げたSAZANKAは、小学校やイベントで子どもたちの前に立ち、「自分の身は自分で守ろう」と防災を呼びかける。サザンカの花言葉は「困難に打ち勝つ」。卒業や入学でメンバーが替わりながらも先輩の思いを引き継ぎ、10人が大輪の花を咲かせるため、“防災意識”の種まきを続ける。

“いざ”に備える子どもたちを

 「もしトイレにいるとき地震が起きたらどうする?」「この地図の中で、どこが避難場所かな」。考えながら防災手帳を見直す子どもたち。SAZANKAが1年かけて作り上げたオリジナルの教材だ。
 1月、SAZANKAがぶらくり丁のみんなの学校で開いた「集まれ!!防災キッズ★」には幼稚園児や小学生15人が参加。書き込み式の手帳作りと劇を交え、震災発生時の行動を伝えた。
 東北への支援を模索する中で浮かんだ「もし和歌山に地震が起きたら」との不安が礎となり、防災教育をメーンに活動を続ける。3代目代表の塩﨑萌さん(2年)は「まず何をすべきか、ということを先生や親とも違う、お姉さん、お兄さんの私たちが繰り返し伝えることに意味がある」、西宮出身で3歳の時に阪神・淡路大震災を経験した中西希帆さん(3年)は「1月が来るたびに震災の大変さを聞いて育ってきた。今度は私が役に立つ番だと思いました」と力を込める。
 和歌山大学附属小学校、串本古座高校で授業したほか、学生のマンパワーを買われ、NPOが開く防災イベントなどにも出動。「あかんあかんガスをつけたらあかん」「いちばんに大事なものは自分の身」と防災かるたを作ったり、地域別のハザードマップで自宅を探したり。子どもと寄り添い一緒になって考えるのがスタイルだ。
 放課後や授業の合間に毎週メンバーで集まり、勉強を重ねて教材や授業内容を考える。結成し3回目の春を迎え、就職活動や卒業などで入れ替わりは避けられない。塩﨑さんは「結成当初よりメンバーは少ない現状ですが、『いざという時にちゃんと備える子どもを多く育てたい』という気持ちを後輩たちに伝えていくことも大切。それが未来の防災につながる」。受け渡すバトンの先に、子どもたちの笑顔が待っている。

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骨ぬきで魚食文化の復活を

川常物産工場長
  井澤一弘さん

「骨を取るのが面倒」「のどに詰まるのが心配」「調理に時間がかかる」と敬遠されがちな魚を、手軽に安心して食べられるよう骨ぬき加工する川常物産(和歌山市榎原)工場長の井澤一弘さん(37)。太刀魚やサバ、ハモなど県産魚を中心に骨を取り除き、老人介護施設や小学校の給食用に送り届ける。「『魚はこんなにおいしいんだ』と魚食の魅力を再発見して欲しい」。水産物の需要が低迷する今、形と味を変えた新手法で魚食文化の復活に挑む。

見せる職人のプライド

 出刃包丁で内臓を取り除き、三枚におろした切り身の骨をピンセットのような骨ぬきで丁寧に素速く抜き取る。鮮度が命の魚、時間との勝負だ。切り身一つにかける時間は長くて30秒。従業員が作業したものには必ず目を通し、一切れごとに「よしっ」と指で確認の合図を出す。「一本たりとも骨を見逃さない」と職人のプライドを見せる。
 一日に骨をぬく魚は一人約500匹。「安心して食べてもらえるよう、ひとつひとつ手作業で取り除く」と仕上がりに自信を示す。
 開発のきっかけは2008年、県内の老人介護施設からの「健康のため、お年寄りに魚を食べてもらいたいが、骨がのどに詰まらないか心配。骨のない魚はないのか」との依頼だった。
 魚種別に骨の場所や身質の研究を重ね、開発から四年で太刀魚やゴマサバなど県産魚を中心に30種の骨ぬき魚を生み出した。介護施設からは「なじみの和歌山の魚が骨なしで、再び安心して食べられる」と感謝の声が寄せられるようになった。
 小学校や幼稚園の給食にも採用され、骨ぬき太刀魚のフライは「ふわふわでおいしい」と児童に人気のメニューだ。身が薄くなりがちでボリュームが出ない骨ぬき太刀魚を、厚みと本来のうま味を出すため二カ月かけて試作、改良を繰り返した。「満足してもらうまでメニュー開発や骨ぬき作業に妥協は許さない」と一徹だ。その一方で、客の意見にたえず耳をこらし、日々改良を重ねる。
 現在は、南高梅や和歌山の吟醸酒の酒粕で味つけしたメニューの開発に熱を入れる。「地元の味で地元の魚のおいしさを伝え、魚ファンを増やしていきたい」と故郷の新しい味を今日も追う。


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パンダシート

鉄道遺産:パンダシート

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紀勢本線を走る特急内で座っているかのように並ぶ4頭のパンダ。パンダが背もたれになった特製シートは、JR西日本が2009年、「パンダ=和歌山のイメージを京阪神に根付かせよう」と京都─新宮間を走るくろしおに設置した。3種類の車両があるくろしおの中で設けられているのは、通常運行時のパノラマ型グリーン車だけ。4号車16番の4席のみがパンダシートで、指定することはできない。家族連れが代わりばんこに座り、写真を撮り合う楽しそうな姿は定番になりつつある。

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和歌浦の蓬莱岩

景観遺産:和歌浦の蓬莱岩

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和歌浦遊歩道沿いの小さな浜から海へせり出す蓬莱(ほうらい)岩。真ん中に穴があり、一本の松を残した奇妙な岩だが、波に洗われるたたずまいには独特の風情が漂う。和歌浦が観光客や新婚旅行客でにぎわったころは、絵ハガキや観光パンフレットに登場し、和歌浦のシンボルだったが、最近は人も少なく寂しげ。「少しやせてきた?」と危ぐする声もある。それでも天気の良い日は、漁港、名草山を背に和歌浦の美しさを実感できる。古き良き和歌浦を留めている。

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チーズプロフェッショナル

チーズプロフェッショナル:宮本喜臣さん


消費量最下位の地での挑戦


 取り出した2種類のチーズ。一方を短冊切り、もう一方を専用の道具で花状にカットし、グラスに盛りつけて一輪の花を咲かせる。チーズの消費量全国最下位の和歌山で、その魅力を伝えようとセミナーの講師を務める紀の川市の宮本喜臣さん(39)は、“チーズ版ソムリエ”と言われるチーズプロフェッショナルの資格を持つ。平日は会社勤めのため、活動が土日に限られる週末ヒーローは「和歌山らしいチーズ文化を」と新たな味の開発に挑戦中だ

新たなチーズ文化発信を

 「ボニッシモ!」。イタリア北部のとある町で昨年10月、チーズ工房の職人が大きくうなずいた。ボニッシモとはイタリア語で「おいしい」を意味するボーノの最上級の言葉。職人をうならせたのは、南高梅を使った梅酒につけ込んだブルーチーズだった。「日本で最もチーズ消費量が少ない和歌山から、前例のないチーズ文化を発信したい。生産をお願いできませんか」。そう持ちかけると、その職人は笑顔で再びうなずいた。
 10年前、専用の削り器で花びらのようにカットされたチーズに衝撃を受けた。口に入れるとあっという間に溶け、ミルクの風味が広がる。「これがチーズか…」。その出合いですっかり魅了され、2008年にチーズプロフェッショナル協会認定の専門家資格を県内で初めて取得した。
 その後は飲食店や酒蔵などで開かれるセミナーで講師を務め、味わい方を伝えてきた。受講者の中には「あなたと出会わなければチーズはおいしくないと思ったままでした」との言葉をくれた人もいた。
 和歌山での消費量増をと活動するが、セミナーだけでは限界がある。そう感じ始めたころ、知人から「他府県の人に『和歌山のチーズはすごい』と盛り上げてもらえば、地元の人も注目するのでは」と助言をもらった。考えたのが、和歌山ならではのチーズ作り。醤油の絞りかすや金山寺みそに漬けたり、生産量全国一の山椒をスパイスに使ったり。先陣を切るのが、イタリアとのコラボで商品化間近の南高梅梅酒漬けチーズだ。
 「商品ができれば、パッケージが必要。黒江漆器の蒔絵調にしたり、包み紙に調湿効果のある備長炭入りの紙を使ったり……」。湧き出るアイデア。新文化発信への準備は着々と進む。

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和歌浦観光の“顔”

エレベーターと大陸橋

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和歌浦にある県公館の東側、奠供山の麓にかつてエレベータと、コンクリート橋があった。前者は1910年につくられた「和歌浦エレベータ」、後者は1933年につくられた「大陸橋」。いずれも観光のために設けられた。
 かつての和歌浦は日本を代表する観光地のひとつであった。万葉ゆかりの地、あるいは多くの寺社仏閣を擁する伝統的な地域という印象だったが、明治時代末期から大正・昭和にかけては、観光客を呼び寄せるべく新しいものを積極的に取り入れていた。
 和歌浦エレベータは当時、観光の目玉であった。1912年建設の通天閣より早く、また当時の日本を代表する文化人、夏目漱石がわざわざ小説に記したくらいだから、よほど印象的だったのだろう。美観を著しく損ねる無骨な構造物だと手厳しく批判しつつ、内心わくわくしながらエレベータに乗った人も多かったのではないかと思う。
 エレベータは第一次世界大戦時に鉄くずとして売却され、昭和に入ってから県立和歌山公園の一部としてほぼ同じ場所に大陸橋が架けられた。奠供山と雲蓋山をつなぐコンクリート橋だが、無骨さにかけてはエレベータに負けない。大陸橋も老朽化により2010年に撤去され、土台だけが残る。
 先日、和歌浦で11回にわたって「和歌ノ浦シンポジウム」を主宰する木村英司氏と話をした。子どもの頃は大陸橋のあたりでよく遊んだそうで、エレベータの土台は現在も奠供山の頂上に残されているとのこと。奠供山を登ってみると、確かにそれとおぼしき土台がある。県立図書館で行われた和歌浦エレベータの展示と比較すると、位置はほぼ同じ。気になる遺構である。

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漆塗り洋式便器

工芸遺産:漆塗り洋式便器

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海南市役所4階の男子トイレ。2つある個室のうち、右側の扉を開けると、見慣れた白……ではなく、光沢のある黒い洋式便器。ふたの上部に蒔絵のエンゼルフィッシュ3尾がゆうゆうと泳ぐ。
 使うのをためらってしまいそうになるこのトイレは2010年秋、海南商工会議所会頭の角谷勝司さん、紀州漆器協同組合前理事長の井本剛さんらが紀州漆器のPRにと市に寄贈したもので、市役所内でここだけ。
 なお、ふたは近づくとセンサーが反応し自動で開くため、蒔絵は用を済ませてからゆっくり鑑賞するのがおすすめ。

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茶がゆ

味覚遺産:茶がゆ

郷土料理の一つ、茶がゆ。ほうじ茶か番茶で炊き、温かいものや冷たいもの、もちやさつま芋を入れて煮るなど作り方は家庭によって様々だ。
 『聞き書 和歌山の食事』(安藤精一編)には平野の少なく常食の米が不足しがちな和歌山県で、季節の素材を入れて、味を楽しみながら、少しでも米を食いのばせるようにとの工夫から茶がゆを食べる文化が広まったと記されている。
 茶がゆを30年間提供し続けているアバローム紀の国六つ葵の津田忠昭料理長は「食欲不振の時や疲れた時は、サラサラっと入り食べやすい。紀州特産の梅干しや金山寺みそとよく合います」。

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青空将棋道場

遊戯遺産:青空将棋道場

「あー、今の一手で色わりなっと」「ほら、そこ桂馬あるで」。和歌山市木広町の新南公園で本将棋を楽しむ新南将棋クラブの歴史は40年以上。地区の老人クラブが始めたのがルーツだ。
 連日午前から集まり始め、午後には各所で熱戦を展開、夕方には中高生が参戦することも。手作りの将棋盤に観戦者が集まり、腕を組んでジッと盤面を見たり、戦局にコメントしたり。全盛期には180人以上集まったが、今は60人程度に。それでも雪がちらつく日や雨の日にも集まり、屋根のある所で対局する。
 40年以上通う田中稔さん(72)は「公園は将棋の人だけでなく、色んな人から元気がもらえる。みんなで掃除してマナーを守っているので、長く続けられています」。1局打てば人との距離がグッと縮まる憩いの場だ。


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お城の動物園

レジャー遺産:お城の動物園

和歌山城内を散策すると、どこからともなく聞こえる動物の鳴き声…。お城の動物園は1915年、全国で4番目に開園し、2年後に百周年を迎える。遠足や家族連れでのお出かけと、多くの市民の思い出を育むスポットだ。
 ヤギ、シカ、ペンギン、ペリカンと30種類以上の動物たちが迎えてくれる。ツキノワグマのベニーは子どもに大人気で、人間でいうと80歳くらいだとか。和歌山城整備企画課の柳雄介さんは「無料の動物園は全国でもかなり珍しい。寒い季節ですが、動物たちに会いに来てください」。
 動物園を元気にしようと活動するボランティア団体「フレンZOOガイド」や、活性化を図るため2011年度に和歌山市が設けたサポーター制度に1年間で12団体、278人から寄付が集まるなど、市民が一体となって盛り上げる。

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みかんのむき方

食文化遺産:みかんのむき方

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素早くみかんがむける方法「和歌山むき」。ヘタの反対の部分に指を入れ、ヘタの部分はつなげたまま4つに割る。ヘタの方より、皮から実を取るようにして食べる。残った皮は1枚、手裏剣のような形になる。
 近年、即座にみかんがむけるとネット上で話題になった。有田市みかん課の中川真一主事は「ヘタの方から実を取ることで、白い筋が残りにくく、むいた後の皮が1枚になりゴミが散らばりません。みかん農家が作業中に軍手をしながらでもできるむき方で、主要産地の有田市では『有田むき』とも言われています」。

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中華そば  勘定の自己申告

風習遺産:中華そば  勘定の自己申告

「中華に寿司2つ、卵1個で…」。和歌山名物となった中華そばの店で、当たり前に見られるお勘定の風景。中華そばに欠かせない早なれ寿司、巻き寿司、ゆで卵といったサイドメニューを自己申告するのは和歌山ならではだ。
 新横浜ラーメン博物館に勤め、和歌山の中華そばを全国に知らしめた故武内伸さんは『和歌山の中華そばとラーメン』で「こんなシステムは他にはどこを探してもない」と記す。
 和歌山の中華そばは屋台がルーツとの説が有力で、和歌山のラーメン事情に詳しい和歌山大学システム工学部の床井浩平准教授は「屋台はそもそも伝票を出さず、店主が客のどんぶりを見て勘定をしていた。和歌山には屋台を屋内に引っ張り入れていた店があり、今も厨房が客席を向くなど屋台の名残りが強く、自己申告もその一つと思います」とみている

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