2014年01月の記事一覧

月別アーカイブ:2014年01月

2014年01月の記事一覧。昔、明光通りの一角に和歌浦口売店がありました。その息子(今はじじ!)の紀州<和歌山>四方山話と還暦過ぎて始めた「もしもドロップショッピング」のぐうたらな噺です。
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紀州人
 田辺市龍神村にアトリエを構えるデザイナー、溝端秀章さん(61)は人間の自己中心主義を許さない。企業のイメージ戦略や高野町の景観保全とまちづくりに力を貸すなど幅広く活動する中、今、力を入れるのが動物をかたどる新聞紙アートだ。溝端さんの手にかかると、新聞紙がキツネ、ハト、ヘビと化し、今にも動き出しそうになる。 子ども向けの講座は特に人気で、「動物を追い込む人間は偉くない。自然、動物と命の循環を感じてほ...

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 一面に広がる菜の花畑や、紅葉を始めた鮮やかな山々、青からオレンジに色を変える空…。 和歌山市の写真家、徳田直季さん(53)が切り取る景色には、故郷への愛情が色濃くにじむ。写真を通じて和歌山の魅力を見つけてもらおうと撮影会や教室を開き、教えた生徒は700人を超えた。「『和歌山が好き、みんなはどう?』、初めは照れくさかったけれど、そんな気持ちで写真を撮っています。『私も好き』『いいとこあるわな』、共感の...

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 古民家の座敷に敷き詰めた陶器製の小さなオブジェ、真っ白な包帯で全体を覆った倉庫…。近代建築の有効活用をめざす銀聲舎(ぎんせいしゃ)代表世話人の松尾寛さん(39)は、古き良き建物に芸術の風を吹き込む。これまで、和歌山や京阪神で芸術イベントをプロデュースし、建物と芸術の新しい形を模索してきた。「双方の良さを引き立たせる仕掛けを考えるのが使命。また来たいと思ってもらえる和歌山独自の取り組みを広げたい」と...

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 和歌山市加太の町中を会場にし、9月に開かれた「Kisssh―Kissssssh(きしゅ〜きしゅ〜)映画祭」は全国から1000人が訪れ、好評を博した。実行委員長を務めた小川貴央さん(38)は、同市万町で文具とカフェの店「スイッチ」を経営するかたわら、五感で感じる美術展や蛍光塗料で描いた絵画展など遊び心にあふれたアートイベントを手がける。 「自分が年老いた時にカルチャーで遊べる楽しいまちにしたい。今はその種...

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 落語会にクラシック演奏会、そして子どもたちの芸術発表会。その舞台に選ぶのは和歌山市のシンボル、和歌山城の天守閣だ。市の文化向上とまちの活性化に取り組む「文化創造グループ」の花光郁(たかし)会長(52)は趣向を凝らしたイベントを次々と企画し、地元住民が意外と足を運ばないお城へと誘(いざな)う。 「『数十年ぶりに来ましたが、いいもんですね』との声をよく聞きます。和歌山は城のあるまちで、それ自体が魅力。...

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 和歌山市の名所旧跡の魅力を伝える「和歌山市語り部クラブ」の拠点は和歌山城だ。46人の語り部たちは土日祝と当番でお城に控え、観光客に城の美しさ、歴史や見所を語る。解説だけでなく、個性豊かな語り部たちは小ばなしやマジックと特技を生かし、人間味あふれるおもてなしを心がける。原田昭武会長(70)は「歴史の魅力は無尽蔵。県外から来る観光客はむろん、地元の人にもお城、和歌山の素晴らしさを知ってほしい」と力を込め...

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 「わかやまフレンZOOガイド」は2015年に創立100周年を迎えるお城の動物園で、来園者に動物の個性や見所を伝える市民ボランティア団体だ。事務局長を務める後藤千晴さん(31)は、ガイドをはじめ、羊毛を使った工作教室や写真コンテストを企画。動物園への質問を入れるポストをぶらくり丁に設置するなど、市民が楽しめる動物園づくりに取り組む。「お城の動物園は市民の宝物。人と動物をつなぐことが私のライフワーク」と言い...

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 忍者に扮(ふん)したスタッフが和歌山城内をご案内――。足の不自由な人の登城を支援し、城内の清掃や道案内を行う城プロジェクトは、代表の川島寛子さん(59)を〝お頭〟に、お城を訪れた人たちを歓迎する。市の和歌山城おもてなし充実事業で、取り組みは今春、3年目に入った。「来てくれた人が気持ち良く城内を回れるよう活動を続けています。和歌山市民の誇りである和歌山城を大事にし、輝かせていきたい」と意気込んでいる。...

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 和歌山城で9月28日(土)、9月29日(日)に開かれる天守閣再建55周年を祝うイベントは、障害者や高齢者、ベビーカーをつく人にも来てもらいたいとバリアフリーへの配慮を盛り込む。主催する市民団体「和歌山城から始めよう!みんなにやさしい和歌山をつくる会」の代表を務める笹尾恭子さん(57)は、街のシンボル、お城を活動の出発点に定めた。「おもてなしの心を大切に、環境面でも心の面でもバリアフリーを地域全体に進めたい...

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 人間に母グマを殺されたツキノワグマの太郎と花子が生石高原で暮らしている。 飼っているのは養卵業を営む山田順二さん。毎週日曜には日本熊森協会会員らでつくる「太郎と花子のファンクラブ」メンバーがエサやりや獣舎の清掃を手伝う。 同協会県支部長の北野久美子さんは「人間本意でなく、クマをはじめとする動物、植物との共存が願いです」。クマが暮らせる森づくりの大切さを訴える。 命はつながっている 暑さよけのため...

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動物教材研究所pocketを主宰する岩出市の松本朱実さん(53)は動物の頭骨、はく製、時にフンと一風変わった教材を手に、子どもの好奇心を引き出し、生き物の不思議の世界に誘う。 バーチャルではなく、触って実感できる教材と遊び心を盛り込んだ出張授業は、子どもたちにはわくわくと驚きの連続。岩出市をはじめ小学校で好評だ。「動物の不思議さを感じると、豊かな気持ちになります。環境や人間の理解につなげたい」  好...

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歌で命の尊さを伝えたい-----。もりこまあるは音楽を趣味にする4人がブログを通じて出会い、2010年に結成したグループだ。メンバーは主婦や会社員。合間をぬって練習し、紀美野町国木原の動物愛護センターや県内の老人福祉施設などで動物愛護がテーマの曲を中心に演奏する。ヴォーカルとキーボード担当の徳丸希和さんは「動物に興味のない人も音楽なら気軽にふれて愛護活動を知ってもらえる。少しでも関心を持つ人が増えれば」と願...

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飼い主とはぐれた犬や猫は、保健所で一時的に保護されるものの、飼い主が見つからない場合は殺処分される。 そんなペットたちの命を救おうと、和歌山市の中嶋真起子さん(57)は昨年夏から、ペットの首輪につける迷子札を配っている。 飼い主の名前と連絡先を記すことができ、「札があれば家に帰れるペットは多い。罪のない犬や猫が殺処分されなくて済むよう、ペットを家族同然に大切にする気持ちを広めたい」と思いは強い。命の重...

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V.O.VはVoice of the voiceless、すなわち「声なきものたちの声」-----。保健所に収容された犬猫を保護し、里親を探すほか、避妊・去勢手術の啓発活動に力を入れ、イベントでは殺処分される前の犬猫の写真を展示し、命の大切さを訴える。2000年に発足し、3代目の池下勇さんが代表を引き継ぐ。池下さんは「処分される犬猫も大事にされる犬猫も同じ命に違いない」。身勝手に扱われる心の叫びを〝代弁〟す...

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和歌山ユネスコ協会 小畑昭子理事 8月15日正午過ぎ、和歌山市内の寺院から聞こえる鐘の音。和歌山ユネスコ協会が「この日ぐらいは争いのない日にしよう」と終戦直後の1948年に始めた「平和の鐘打鐘会」は今年で66回を数える。同協会元副会長で、現在は理事の小畑昭子さん(84)はこの会に携わって40年。「戦争を繰り返さないよう、戦争を知らない時代の子どもたちに平和の大切さを伝えたい」。間もなく迎える終戦記念日、今年も...

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戦争体験を伝える  小松雅也さん 太平洋戦争末期、尊い命を犠牲にした特攻隊員たち。このうちの一人、22歳でこの世を去った中西伸一さんを兄に持つ美浜町の小松雅也さん(82)は、兄の死、そして家族が抱える悲しみを、県内の小中高校や平和を考える会で4年前から語り継ぐ。「人の命は海よりも深く、地球よりも重たし。講演を重ねるにつれ、これからの人々に悲惨な戦争を体験させてはならぬとの気持ちが強まっています」。永久...

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ぞうれっしゃ合唱団  由井 勝代表 第二次世界大戦中、2頭のぞうを必死に守り抜いた動物園の園長らの実話から作られた合唱組曲『ぞうれっしゃがやってきた』。由井勝さん(81)はこの公演を1990年から開く「和歌山ぞうれっしゃ合唱団」の代表兼指揮者を務める。過去18回の公演で平和への思いを歌声に乗せた団員は、子どもからお年寄りまでのべ3095人。「戦争によって人間も動物もどれほどひどいことになるか、この曲を歌えば自然...

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うたごえ九条の会 中北幸次さん毎月9日、JR和歌山駅前に現れる「うたごえ九条の会」。平和を歌う曲を披露し、憲法九条を守る署名を呼びかける。リーダーの中北幸次さん(62)は2009年までの20年間、戦争の悲惨さを伝える「平和のための戦争展わかやま」を支えてきた。「歌も統制されていた戦時中を振り返り、自由に歌える幸せをかみしめています。凄惨(せいさん)な戦争の記憶と、二度と戦争はしないという思いを次世代につな...

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戦争体験 紙芝居で伝える 山本喜美子さん 「空気が弾ける音とともに焼けた柱が右へ左へ飛んでいく。まるで吹雪のような火の粉です」。和歌山市の元幼稚園長、山本喜美子さん(82)は、1945年7月9日、1100人を超える死者を出した和歌山大空襲の経験を紙芝居にし語り継ぐ。最初は勤務先の幼稚園児に向けてだったが、退職した今も夏になると、小学校から声がかかる。戦争が残す傷の深さを伝えつつ、常に胸にあるのは「子どもたちに...

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プロモーション団体ローカルヒーロー 世界の舞台に立つNOBBYこと東宣尚さん(27、写真右)率いるダンスチーム、ダブルロッキンクルーが昨年立ち上げたダンスの総合プロモーション団体「ローカルヒーロー」。第一線で活躍するプロダンサーを招いたイベントやコンテストなどを開き、故郷の盛り上げに一役買う。「自分たちが地元で活躍するヒーローになり、和歌山にいながら、若者や子どもが世界に向けて挑戦できる環境をつくり...

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スタジオぽこ・あ・ぽこ代表 田中美和さん軽快なステップで床を踏み鳴らし踊るタップダンス。岩出市を拠点にタップの魅力を広げるスタジオぽこ・あ・ぽこ代表の田中美和さん(48)は和歌山にちなんだ曲に振りを付けたのがきっかけとなり、「和風タップダンス」を開拓している。地元のみならず、海外へも積極的に出向き、タップ版『ぶんだら節』で交流、和歌山の鼓動を届ける。「和歌山に生まれて良かったとの思いを伝えたい」。タ...

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J―move 南口卓馬さんダンスを通じ、様々な思いを抱える子ども同士の交流を図る「J―move」の代表、南口卓馬さん(35)。ストリートダンスやヒップホップで汗を流す一方、毎回の練習で「しゃべり場」を設ける。ダンス好きの子どもをはじめ、不登校やひきこもりに悩む青少年など様々だが、ダンスでつながる仲間同士、心の垣根を取り払って語り合う。「ダンスは子ども同士の信頼関係を築くための手段の一つ。同世代で支え合...

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ベビーサイン認定講師 松本江里子さん まだ言葉でうまく表現できない赤ちゃんと簡単な手話やジェスチャーでコミュニケーションを取る育児法「ベビーサイン」。海南市の松本江里子さん(43)は8ヵ所で講座を開く県内唯一の認定講師だ。受講者からは「子どもをかわいいと感じることが多くなった」と好評。「思いを伝えられる赤ちゃんも、子どもの思いを理解できるママも不満が減り、笑顔になる瞬間が増えます。楽しい育児のための...

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のびのびキッズ海南 川野英子理事長共働きなどで日中、保護者が家にいない児童を、放課後や夏休みの一定時間、空き教室や公共施設であずかる学童保育。NPOのびのびキッズ海南の川野英子理事長(63)は、海南市内で5ヵ所の学童保育の運営を担い、スタッフとともに現在、小学校低学年を中心に147人の子どもを受け入れる。「学校が終わって少し疲れて帰って来る子どもたちが、家庭に戻ったように裸になって自分を出せる居場所にし...

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預かりスタッフ会員 中村四郎さん 保護者に代わり、保育園への送り迎えや放課後の預かりを引き受ける和歌山市ファミリーサポートセンターのスタッフ会員として活動する同市の中村四郎さん(64)。男性会員は珍しい中、8年が過ぎ、成長を見守った子どもは10人を超えた。「子どもから教わることが多く、楽しんでやっています。お母さん、お父さんの手助けに少しでもなれば。こんなに楽しい子育て、男ももっと参加すればいいのにと...

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「こそだて楽語会」企画 西川奈緒美さん人づきあいが苦手で孤立している母親たちに気軽に足を運んでもらおうと、和歌山市川辺の西川奈緒美さん(51)は自宅と近所のカフェで少人数による「こそだて楽語会」を開く。一人ひとりとじっくり話し、悩みや不安を聞くことで、気持ちを整理し前向きになれるよう支援する。「子育てを大変だと思う人もいますが、これほど楽しく夢があることはありません。一人で抱え込んでいるお母さんたち...

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サンマザー  林明子代表 子育てしやすいまちづくりを目的に、2年前に立ち上がったNPOわかやま子育てサークル本部「サンマザー」。代表を務めるのは、5歳児の母、林明子さん(39)だ。和歌山市内の子育てサークルや、趣味や特技を通じて集まった母親クラブなど68団体が登録し、交流する。キャッチフレーズは“太陽のように強く明るいお母さん”。「子どもがのびのびと育つには、母親がいきいきしていなければ。一人でも多くのマ...

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わんぱく公園園長  有本智さん 海南市北東部の里山、トンボを捕まえた向陽中学理科部員が駆け寄る先には、わんぱく公園(同市大野中)園長の有本智さん(48)。「クロイトトンボのメスやな」「こっちはタベサナエのメス」。昆虫だけでなく、鳥、植物など身近な自然に精通するが、大学は経済学部。知識は自然の中で遊びながら身につけた。「私は学者でも先生でもない。『オオムラサキが好き』など特定の生き物に関心を持つ子を、...

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県森林インストラクター会   小出哲司会長世界遺産、丹生都比売神社があるかつらぎ町天野の森。「宇宙の森」と名付けられた広場から子どもたちの元気な声が響いてくる。この場所を整備したのは、県森林インストラクター会会長の小出哲司さん(68)。毎月、自然体験教室を開き、子どもたちに存分に森を満喫してもらう。「子どもたちが遊べる環境を残したいと思い始めました。遊びを通じて自然を思いやり、千年、2千年と森を守っ...

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自然博物館学芸員  内藤麻子さん昨年、開館30周年を迎えた県立自然博物館(海南市船尾)唯一の女性学芸員、内藤麻子さん(32)は幅広い年代に植物への関心をもってもらおうと、工夫をこらした観察会や展示を企画する。「植物の名前だけでなく、花の美しさや香り、食用かなど五感で感じてもらうとともに、人の整備によって、環境が保たれていることにも目を向けてもらえたら」。絶滅危惧種の草花から、オモチャに工作できるドング...

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人間の〝ジコチュー〟許さない

 田辺市龍神村にアトリエを構えるデザイナー、溝端秀章さん(61)は人間の自己中心主義を許さない。企業のイメージ戦略や高野町の景観保全とまちづくりに力を貸すなど幅広く活動する中、今、力を入れるのが動物をかたどる新聞紙アートだ。溝端さんの手にかかると、新聞紙がキツネ、ハト、ヘビと化し、今にも動き出しそうになる。

子ども向けの講座は特に人気で、「動物を追い込む人間は偉くない。自然、動物と命の循環を感じてほしい」と願う。
 
声なき声 指先に込め

 若いころ憧れたのは「I ♥ NY」のロゴなど手がけたミルトン・グレイザー。デザイナーを志し、東京の専門学校桑沢デザイン研究所で学んだ。卒業後は出版社の外部デザイナーとして多忙を極めたが、30代を前に家の事情で和歌山へUターンした。

 和歌山でも精力的に動き、企業のロゴの制作、専門の「視覚伝達のシステムとデザイン」を生かしたまちづくりの仕事…と「5足のわらじだった」と笑う。こんな中、仲間6人で「わかやま絵本の会」を設立し、絵本『ツキノワグマ太郎』のための取材を始めた。クマは人間との接触を避けようと注意して行動しているのに、ただ「恐い」と考える世間の誤解。環境破壊に押し出されエサを求め人里に現れ、殺される矛盾。紀伊半島のツキノワグマを通し野生動物の危機を知り、専門家と激論を交わし、行政へ保護を訴えた。仲間の一人が山に食物を置きに行く活動を始め、「自分は仕事の中で動物保護を訴える」と誓った。

 野生動物の新聞紙アートはふと生まれた。10数年前、娘の小学校の夏祭り。お化け屋敷作りを手伝い、余った新聞紙でカラスを作ると、周囲はその生命感に目を見開いた。その後、NPOの催しで初めて講座の依頼があった。針金のハンガーで芯を作り、丸めた新聞紙で包み、ヘビを作る。子どもに受け、2回の予定の講座が7回にも及んだ。

 昨年は和歌山市内の小学校を回り、ハトなどを子どもと作った。「身近なものから創造力を働かせ仕上げるのがいい所。無心に作る子どもたちの作品にはかなわないよ」

 ニホンアシカ、イルカと大作も手がけ、「人間は同じ惑星にすむ動物の幸せを守れない。生物界のトップなんかじゃない」と思いを込める。

 絶滅したニホンオオカミやニホンカワウソ、みなべ町の住民が守り続けるアカウミガメを作品にするのがライフワークだ。「保護に努める人を応援したいね」。指先に込めるのは動物の声なき声だ。
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故郷が好き、あなたは?

 一面に広がる菜の花畑や、紅葉を始めた鮮やかな山々、青からオレンジに色を変える空…。

和歌山市の写真家、徳田直季さん(53)が切り取る景色には、故郷への愛情が色濃くにじむ。写真を通じて和歌山の魅力を見つけてもらおうと撮影会や教室を開き、教えた生徒は700人を超えた。「『和歌山が好き、みんなはどう?』、初めは照れくさかったけれど、そんな気持ちで写真を撮っています。『私も好き』『いいとこあるわな』、共感の声がうれしいですね」

いつも〝場の力〟を借りて

 田舎を嫌い都会へ飛び出し、写真週刊誌のカメラマンとして全国を駆け回った20代。忙しさと周囲との実力の差に打ちひしがれ、30歳を前に和歌山に戻った。ある時、友人に誘われ県内をドライブすると、今まで気づかなかった自然の美しさが飛び込んできた。「『いい所やなぁ』と感動した。故郷は傷ついて戻ってきた自分を受け入れてくれる」。嫌いだった和歌山に、気づけば助けられていた。

 その後、2000年に路上や駅前で写真を並べる青空ギャラリーを始め、ワークショップや写真教室、地元タウン誌での連載と、活動の裾野を広げた。写真に詩のような短い言葉を添えた作品が話題となり、今では代表的な作風として知られる。

 カメラを向けるのは、「朝起きて窓を開けたときに見たい景色」。一目で和歌山と分かるような名所よりも、素朴な田舎風景に魅力を感じる。「例えば橋杭岩やあらぎ島などは、上手な人に任せればいいかな、と。きれいなものより、自分に関係あるものを撮る。生徒にも『わざわざ遠出しなくてもいい。家の周りから始めよう』と言っています」

 そして先月、完成したのが「2012年の夏」「2012年のお気に入り」をテーマに、生徒100人が撮った作品を収めた「ふるさとフォトブック」だ。せみの抜け殻や蚊取り線香の煙、庭先の花など、奇をてらわない日常が残った。図書館に置いてもらう計画で、今後も毎年発行し、「将来見た人が『これ、うちのおばあちゃんやん』なんてなることもあるかも」と期待は膨らむ。

 11月30日(土)〜12月8日(日)には、和歌の浦アートキューブで写真家生活を振り返る個展が控える。また、来春開催をめざすのが「写真のない写真展」。野外でおすすめのアングルから生の景色を味わってもらう試みだ。「和歌山が元気にならないと、写真も元気にならない。少し背伸びしながら、和歌山の〝場の力〟を借りて色んなことを皆で楽しみたい」
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近代建築とコラボレーション

 古民家の座敷に敷き詰めた陶器製の小さなオブジェ、真っ白な包帯で全体を覆った倉庫…。近代建築の有効活用をめざす銀聲舎(ぎんせいしゃ)代表世話人の松尾寛さん(39)は、古き良き建物に芸術の風を吹き込む。これまで、和歌山や京阪神で芸術イベントをプロデュースし、建物と芸術の新しい形を模索してきた。「双方の良さを引き立たせる仕掛けを考えるのが使命。また来たいと思ってもらえる和歌山独自の取り組みを広げたい」と描く。
 
空間生み出す〝作家〟

 2002年に滋賀県豊郷町で起きた小学校改築問題にふれた。それまで建築物やアートに関心はなかったが、現地を訪れてみると、アメリカ人建築家設計の校舎は意匠や装飾が美しく、歴史が感じられる空間に魅了された。

 同じころ、アーティストをめざす友人から、創作活動への思いを聞く機会があった。アルバイトを続けながら夢を追い続ける情熱に心打たれ、「近代建築とアートの魅力を組み合わせれば、面白いことができるのではないか」と協力を申し出た。04年、古い建物を使った芸術イベントをプロデュースする団体、銀聲舎を仲間と立ち上げた。

 08年、和歌山市小野町の西本ビルで1ヵ月間、イベントを開いた。テーマは「大正ロマン」。ビルが建てられた1920年代に流行した音楽やダンスをアーティストが披露し、当時の生活文化の再現を試みた。県内外から約4000人が訪れ、「建物自体が持つ歴史とそれが感じられる空間、そしてアートが互いの良さを引き立たせ、多くの人が共感してくれた」と手応えを感じた。

 全国で姿を消しつつある近代建築を有効活用し、日の目を見ない作家の活躍の場を増やそうと、京阪神へ活動を広げた。廃校舎を拠点にした芸術祭でまちおこしをめざす西宮船坂ビエンナーレを2009年から兵庫県でプロデュース。11年には大阪市の芸術創造活動支援事業実行委の企画委員に選ばれ、赤字のアートプロジェクトを黒字にした。「建物もアートも非日常。だからこそできることを色んな角度から考えます。主観を信じることが大事なんです」

 現在は、15年に和歌山で開く国際芸術祭に向けて構想を練っている。「建物と芸術、これからの時代を創る潮流を生み出していくことにやりがいを感じます。県外で培った経験を和歌山に還元したい」。作品は生み出さないが、そこでしか味わえない空間を生み出すプロデューサーもまた、一人のアーティストだ。
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遊び心あるカルチャーを

 和歌山市加太の町中を会場にし、9月に開かれた「Kisssh―Kissssssh(きしゅ〜きしゅ〜)映画祭」は全国から1000人が訪れ、好評を博した。実行委員長を務めた小川貴央さん(38)は、同市万町で文具とカフェの店「スイッチ」を経営するかたわら、五感で感じる美術展や蛍光塗料で描いた絵画展など遊び心にあふれたアートイベントを手がける。
「自分が年老いた時にカルチャーで遊べる楽しいまちにしたい。今はその種まきです」
 
田舎にエッジ効かせたい

 湯浅町で幼少期を過ごし、大阪でコンピュータを学んだ後、自動車販売会社で14年勤めた。芸術に深い関心はなかったが、小さい頃から皆が好きなメジャーなものよりマイナーで〝エッジの効いた〟音楽や漫画が好きだった。「今でもミスチルよりハナレグミ、『ワンピース』より『寄生獣』派ですね」。4年前、サラリーマンをしている自分に違和感を感じ、小学生の頃から夢見ていたカフェを開いた。

 芸術との関わりができたのは、カフェに集まるカメラマンやイラストレーターなど若手アーティストとの交流から。「和歌山で作品を発表する場がない」との悩みを聞き、2011年、アートを発信し、アートに親しむ場を提供する団体、SoA(スイッチ・オン・アーティスト)を常連客と立ち上げた。

 四季の郷公園で2トントラックのコンテナを暗室にしてカメラの構造を体験するイベント、蛍光塗料を使って描かれた作品にブラックライトをあて鑑賞する夜のアート展…。「万人受けするものより、一部の人にとことん受けるものを」と体感型にこだわったイベントを生み出してきた。

 「波の音を聞きながら映画を観れたら最高だよね」。カフェでの雑談をきっかけに昨年、映画祭実行委を発足させ、今年9月に加太で初の映画祭を開いた。古民家や神社、自治会館などを会場に映画鑑賞しながら町歩きを楽しむ異色の映画祭。野外のくじら公園で上映された作品の女性監督は「素朴な町並み、星空と潮風。今まで上映されたどんな劇場より作品にマッチしている」と涙を浮かべた。

 来年も映画祭を続け、再来年開催予定の国際芸術祭へも関わる。むろん会場は和歌山だ。「田舎とアート。相反しているように見えるものが、料理の仕方次第でエッジの効いた文化になる。和歌山には良い素材がまだまだ眠っている」
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芸術発表 舞台は天守閣

 落語会にクラシック演奏会、そして子どもたちの芸術発表会。その舞台に選ぶのは和歌山市のシンボル、和歌山城の天守閣だ。市の文化向上とまちの活性化に取り組む「文化創造グループ」の花光郁(たかし)会長(52)は趣向を凝らしたイベントを次々と企画し、地元住民が意外と足を運ばないお城へと誘(いざな)う。

「『数十年ぶりに来ましたが、いいもんですね』との声をよく聞きます。和歌山は城のあるまちで、それ自体が魅力。もっと市内の人に親しみを持ってもらいたい」
 
足運ぶきっかけ 多彩に

 幼い頃から近所の和歌山城は遊び場だった。網を片手に虫をつかまえたり、整備前の紅葉渓の池でザリガニを捕ったり。「確か天守閣の最上階に10円入れると出てくるおみくじがあったような…」。親しみ深い場所だった。

 2007年に文化創造グループを立ち上げ、和歌山市民会館前で「夕暮れジャズカフェ」、京橋やJR和歌山駅前などで「クラシックプロムナード」と題した演奏会を実施した。会場はふらっと立ち寄れる街中。音楽を身近に感じてもらいたいとの願いを込めた。

 11年、次の舞台として目を付けたのが、愛着ある和歌山城。それも「やるなら天守閣のてっぺんで。お城は日本のものですから、〝和〟のものを」と、最上階で落語会「とのさま寄席」を開いた。桂枝曾丸さんらプロの噺家(はなしか)を招いて2回実施。各回定員50人に対し100人以上から申し込みが寄せられた。

 昨年からはミスマッチの魅力をねらい、〝洋〟のクラシックを楽しむ「お城クラシック♪」を天守閣前広場や伏虎像横も含めて開催。地元の人、他府県からの観光客共に好評を得ている。今年は子ども向けの「お城で寺子屋『お城子屋?』へゴーゴー」を実施。天守閣前広場で楽器や絵画教室を行い、最後の発表会はもちろん、天守閣で行った。

 「お城は全国にあるけれど、天守閣で演奏会などをしているところはないと思う。今後、〝お城ジャズ〟もいいし、ダンスや朗読などとコラボするのもおもしろい。上まで機材を運ぶのは大変ですけれどね」と笑顔を見せる。

 県外からの知人を連れ、お城を案内することも。「『和歌山の観光地なら和歌山城ぐらいかなあ』と言う人がいますが、それはあまりお城に魅力を感じていない言い方。

でも和歌山城はええとこ。ひいき目かもしれませんが、山の上の天守閣、かっこいいですよね?」。パワーの源は〝お城愛〟。魅力にふれてもらうための次の企画は、さて──。

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人間味あふれる案内

 和歌山市の名所旧跡の魅力を伝える「和歌山市語り部クラブ」の拠点は和歌山城だ。46人の語り部たちは土日祝と当番でお城に控え、観光客に城の美しさ、歴史や見所を語る。解説だけでなく、個性豊かな語り部たちは小ばなしやマジックと特技を生かし、人間味あふれるおもてなしを心がける。原田昭武会長(70)は「歴史の魅力は無尽蔵。県外から来る観光客はむろん、地元の人にもお城、和歌山の素晴らしさを知ってほしい」と力を込める。

〝大好き〟が原動力

 「和歌山城の歴史を紙芝居で見て頂こう」。天守閣再建55周年を記念し、9月に開かれた「55フェスタ」。天守閣前広場で、語り部が口を開く。秀吉の紀州攻めに始まり、築城、徳川御三家入り、吉宗、昭和20年の空襲による焼失…。「和歌山城物語」は400年を超える城の歴史を、一またぎする。

 語り部クラブは21年前に結成され、市内の名所を要望に応じ案内していた。4年前に山本隆造さん(81)が会長に就き、活動は攻めの姿勢に。一般参加者を募り、旧跡を巡る歩く会を開始。お城の語り部のあり方も見直した。土日祝日の午前10時、午後1時に市観光協会で控えていたのを、一の橋、新裏坂を待機場所に加え、春と秋の行楽シーズンは平日も案内を始めた。

 会員は元銀行員、元警察官や元教員と個性的な面々。入会には一定のハードルを設けるが、語り部になれば形は自由で、小ばなしで話を弾ませる人、手品で心をつかむ人、自筆の絵で解説する人と様々だ。山本さんの後を継いだ原田会長は「まず御橋廊下と城を見てもらい、美しさを知ってほしい」。小畑宏さん(67)は「石垣を強調します。1ヵ所で3時代の積み方が分かる所もあります」。それぞれファイルを手にするが、中身は皆違う。「いい所を盗み合う。刺激になります」と服部薫さん(69)は笑う。

 昨秋は和歌山市の協力で、「着て!見て楽しむ和歌山城」を企画し、実施した。天守閣前で観光客にお姫様や殿様の格好を体験してもらった。山本さんは「きつかったが、若い人にアピールできたのが成果です」。すべて会員の和歌山城を愛する心が原動力で、小畑さんは「みんなお城が大好き。用のない時も結構いますよ」。

 目下の課題は増える外国人観光客への対応だ。原田会長は「熊野、高野山は英語ボランティアがいるが、お城はまだ。外国人に英語で声をかけると、喜んでもらえる。受け入れ体制を整えたい」。歴史を語り、その未来を支える。

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市民と動物園につながりを

 「わかやまフレンZOOガイド」は2015年に創立100周年を迎えるお城の動物園で、来園者に動物の個性や見所を伝える市民ボランティア団体だ。事務局長を務める後藤千晴さん(31)は、ガイドをはじめ、羊毛を使った工作教室や写真コンテストを企画。動物園への質問を入れるポストをぶらくり丁に設置するなど、市民が楽しめる動物園づくりに取り組む。「お城の動物園は市民の宝物。人と動物をつなぐことが私のライフワーク」と言い切る。

動物の心に寄り添って

 「動物本来の姿を伝えたい」——。動物に関心を持ったきっかけは、獣医師を目指す学生を描いた漫画『動物のお医者さん』だった。広島大学の畜産科学コースに進学し動物福祉を専攻。畜産の対象として動物を扱うより、家庭や動物園で飼われる動物がストレスなく暮らすためには何が必要かを考え、研究テーマにした。

 卒業後、動物病院で看護師として5年働いた後、わかやまNPOセンター「お城の動物園応援隊」が開くガイド養成講座を受講。「お城の動物園はまちなかにあり、市民にとって身近な存在。動物の環境を守るには市民が動物の心に寄り添うことが大事」と応援隊に加わり、ガイド仲間らと2010年、「わかやまフレンZOOガイド」を立ち上げた。

 「ポニーのヨッシーくんはいつもおとなしいけれど、エサをおねだりする時は飼育員の服をひっぱります」「3頭いるビーバーは、性格がそれぞれ違うよ」。時間をかけてよく観察し、飼育員から聞き取ったことや文献で学んだことを説明する。どこにでもいる動物ではなく、お城の動物園で暮らす一頭一頭の個性を伝える。

 現在活躍するガイドは小学生から60代まで15人。半分を10代が占める。「子どもが活躍できる場にしたい。今のジュニアガイドが成長し、新たなガイドに引き継いでいければ」と次代を見つめる。

 ガイドに留まらず、羊毛を使った工作や折り紙教室、フォトコンテストなどが楽しめる「市民ZOOフェスティバル」を毎年実施。平日1日平均の来園者が2、330人の動物園に、昨年のフェスティバルには2000人が集った。「素通りされることが多い動物園。同じ街で一緒に暮らす動物たちにもっと関心をもってもらいたい。

ペンキの塗り直しやアートとのコラボなどやりたいことはいっぱい。

市民と飼育員と動物が一緒になって、ここをつくっていければ」と開園100周年を目前に、更なる思いを深める。

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おもてなし忍者参上!

 忍者に扮(ふん)したスタッフが和歌山城内をご案内――。足の不自由な人の登城を支援し、城内の清掃や道案内を行う城プロジェクトは、代表の川島寛子さん(59)を〝お頭〟に、お城を訪れた人たちを歓迎する。市の和歌山城おもてなし充実事業で、取り組みは今春、3年目に入った。「来てくれた人が気持ち良く城内を回れるよう活動を続けています。和歌山市民の誇りである和歌山城を大事にし、輝かせていきたい」と意気込んでいる。

第2の故郷へ恩返し

 きっかけは5年前。勤めていたわかやまNPOセンターで、城内の動物園を盛り上げる企画を担当した。それまでお城に対し意識を向けたことはなかったが、動物園活性化に向け各動物の愛称を募り、イベントを開く中で、徐々に愛着を持つようになった。

 活動していると、お城を訪れた人から歴史や城の構造ではなく、バス停の場所や駐車場への道順などを聞かれることが多いのに気づいた。城内に案内板は少なく、車いすの来城者は天守閣前広場にも登れない。お城の魅力を生かし切れていない現状に歯がゆさを感じた。

 そんな中、2011年に和歌山市が登城サポートの事業者を募集。「忍者が登城を手伝えば面白い」と思い立ち、仲間と共に城プロジェクトを立ち上げ、事業に応募した。

 登城サポートには、ヘルパーの有資格者を含む3人が集まった。石階段に設けたスロープを使い、障害者や高齢者を天守閣へ導く。道中は歴史について解説。真夏は日傘や保冷剤を自ら用意し、利用者の健康にも細やかに心を配る。天守閣前広場に着くと、涙して喜び、手を取って感謝してくれる人もいた。「できなかったことができるようになる、そのお手伝いができるのがうれしい」と来城者の笑顔にやりがいを感じる。

 このほか、城内の清掃や、あいさつ、道案内は欠かさず、見どころを盛り込んだマップも作成した。「天守閣が美しく見える場所や季節の花が見られる場所など、取り組み始めて気づいた和歌山城の魅力があります。そういったお城の良さと来城者を結ぶのが使命です」と力を込める。

 和歌山で暮らし始めて約20年。すっかり和歌山での生活になじみ、和歌山弁で案内することもしばしば。「単身飛び込んできた私を、和歌山の人たちは優しく迎えてくれた。その温もりを伝えるおもてなしが、私の和歌山への恩返しです」。第2の故郷への愛情が、訪れた人の心を笑顔にする。
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すべての人 もてなす街に

 和歌山城で9月28日(土)、9月29日(日)に開かれる天守閣再建55周年を祝うイベントは、障害者や高齢者、ベビーカーをつく人にも来てもらいたいとバリアフリーへの配慮を盛り込む。主催する市民団体「和歌山城から始めよう!みんなにやさしい和歌山をつくる会」の代表を務める笹尾恭子さん(57)は、街のシンボル、お城を活動の出発点に定めた。「おもてなしの心を大切に、環境面でも心の面でもバリアフリーを地域全体に進めたい」

やさしさの輪 ここから

 「お城のことは素人。母がお城好きで、『見るとホッとする』とよく言っていましたね」。自身は身体にハンディを抱え、移動は電動カートと杖を使う。和歌山城は至る所に石段や段差があり、車イスでは天守閣はおろか、敷地内を一周することも難しいのが現状だ。砂利、駐車場、トイレ、案内板…と気になる点は少なくない。

 「和歌山城から始めよう!みんなにやさしい和歌山をつくる会」には建築士や研究者、まちづくり関係者などが集まり意見を交わす。2年後に控える紀の国わかやま国体と障害者向けのわかやま大会に向け、もてなしの心にあふれた街をめざす。「観光客が訪れる和歌山市の名所といえばやっぱりお城。文化財に手をつけるのは難しいですが、バリアフリーマップの作成など、できることはある」

 生の声に耳を傾けようと、花見シーズンには来城者に向けてアンケートを実施した。「駐車場へ入るまでの案内は分かりやすいか」「石畳の歩きやすさは」など10項目を設け、700人の意見を集めた。

 今、準備を進めるのが2日間開催する「お城再建五五(ゴーゴー)フェスタ」。空襲で焼失した天守閣が1958年に再建された〝誕生日〟を祝う。語り部クラブによる紙芝居や忍者隊のアクション、障害児と親による和太鼓演奏など、盛りだくさんの内容だ。

 どんな人にも来てもらえる心配りこそイベントの要。メンバーの建築士が手がけた特製スロープが天守閣前広場に続く石段にお目見えし、広場には車イス用の仮設トイレを設置する。手話通訳を行うなど、工夫をこらす。アンケート結果を発表し、次の活動の足がかりにする。

 「他府県ではエレベーターで天守閣まで上れるよう整備されていたり、ボランティアスタッフが待機するお城もある。色んな課題を持つ人を包み込み、楽しく安全に、そして当たり前に過ごせる街にしてゆきたい」。

やさしさの輪をお城から広げてゆく。

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願うはクマとの共存

 人間に母グマを殺されたツキノワグマの太郎と花子が生石高原で暮らしている。
飼っているのは養卵業を営む山田順二さん。毎週日曜には日本熊森協会会員らでつくる「太郎と花子のファンクラブ」メンバーがエサやりや獣舎の清掃を手伝う。
同協会県支部長の北野久美子さんは「人間本意でなく、クマをはじめとする動物、植物との共存が願いです」。クマが暮らせる森づくりの大切さを訴える。 

命はつながっている

 暑さよけのため、よしずがはられた獣舎。北野久美子さんが近づくと、甘えるように「背中をかいて」と鉄格子に体をこすりつけるのが花子。太郎も「はやくエサをちょうだい」とアピールする。

 太郎は和歌山県生まれ。1990年4月、切り株の穴で寝ていたところ、猟友会に母を射殺された。一緒にいた太郎は奇跡的に助かり、鳥獣保護員宅や和歌山城内の動物園を経て、92年に山田順二さん宅へ来た。長野生まれの花子も母を人間に殺された。神奈川の個人が世話をしていたが、事情で飼えなくなり、薬殺される寸前に日本熊森協会から依頼を受けた山田さんが2005年に引き取った。

 「花子が来た時、初めて会う女の子に太郎は大喜びでしたね」と懐かしむ山田さん。太郎と花子のファンクラブはその時に発足した。奇数週は同協会県支部、2週目は大阪支部、3週目は兵庫にある本部から世話に行く。

 エサは野菜や果物が主。北野さんは「太郎はニンジンが好き。花子はキュウリ、あとおにぎりが大好物で別腹のようです」。2頭が室内で食事中に屋外の遊び場を清掃。フンを見て健康状態をチェックする。冬ごもり用のわらは農薬の少ないものを与える。

 愛くるしい2頭に会いに来る人は徐々に増えている。エサ代にと寄付してくれる人、山で拾ってきた栗を差し入れしてくれる人もいる。来場者にはクマと森の現状をまとめた冊子を配布する。

 北野さんが訴えるのは森の整備だ。「クマをはじめ、いろんな動植物が暮らせる森は水源の森でもある。人間がスギとヒノキを植え、保水力が落ちた森を、昔の状態に戻せれば」。クマが歩くことで間伐され、森の中に風と日の光が入り、強い木を育てる。「森は植物だけでつくられるのではない。命はつながっている。

そのつながりの中に人間もいる。つながりを断てばしっぺ返しは人間に来る」。2頭の世話をしながら、警鐘を鳴らし続ける。
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生命の不思議 子どもたちに

動物教材研究所pocketを主宰する岩出市の松本朱実さん(53)は動物の頭骨、はく製、時にフンと一風変わった教材を手に、子どもの好奇心を引き出し、生き物の不思議の世界に誘う。

バーチャルではなく、触って実感できる教材と遊び心を盛り込んだ出張授業は、子どもたちにはわくわくと驚きの連続。岩出市をはじめ小学校で好評だ。「動物の不思議さを感じると、豊かな気持ちになります。環境や人間の理解につなげたい」  

好奇心引き出す独自の教材

 カエルにカメ、カタツムリと身近な生き物を捕まえてきては眺め、観察に没頭する子どもだった。動物好きが高じ大学は農学部へ。馬術部で馬の世話に明け暮れた。

 卒業後は長野県の茶臼山動物園に就職。チンパンジーやオランウータンの飼育を担った。その中で動物が動物園にいる意味を自問し始めた。漫然と園内を眺める人にもっと動物のことを伝えたいとの思いも募った。

 その後、東京の多摩動物公園に学芸員として勤めた。教材を用い園内の動物を解説する機会が増えた。身を乗り出して聞く子どもの姿に「教育を通じ、野生動物の代表として園にいる動物の価値が引き出せる」と手応えを覚えた。

 1998年に和歌山へ移り住んでからは専門学校講師を務めながら、動物に関する出張授業を始めた。力を発揮するのが工夫を凝らした教材だ。例えば動物の赤ちゃんをテーマにした小学校1年生の授業。まず、キリンの赤ん坊の実物大の写真を見せる。1メートル70センチの大きさにみんなびっくり。続いてコアラの赤ん坊の大きさを質問。様々な答えが飛び交う中、1円玉ほどの小さい赤ちゃんのレプリカを見せる。驚きの声が響く。

 チーターとシマウマの面も人気だ。かぶるだけでチーターは目が人間と同じく顔の正面にあり、シマウマは頭の横にあるのが分かる。なぜ?と問う。「伝えたいのは環境に適応し、多様に進化した動物の不思議。人間もその延長線上にいることを感じてほしい」

 また、和歌山城の動物園で市民グループが取り組むガイド育成に関わる。知識からではなく、動物を観察し面白いと思った点から解説を作るようアドバイス。実感と疑問、遊び心が入口だ。

 今春、大学院に通い始め、現在、動物園と学校とを連携させた授業プログラムの確立を目指す。「視点を持って動物を観察し、新たな発見を促す教材をこれからも開発していきたい」。教室に動物たちの鼓動を伝える。
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命の尊さ 歌に乗せて

歌で命の尊さを伝えたい-----。もりこまあるは音楽を趣味にする4人がブログを通じて出会い、2010年に結成したグループだ。メンバーは主婦や会社員。合間をぬって練習し、紀美野町国木原の動物愛護センターや県内の老人福祉施設などで動物愛護がテーマの曲を中心に演奏する。ヴォーカルとキーボード担当の徳丸希和さんは「動物に興味のない人も音楽なら気軽にふれて愛護活動を知ってもらえる。少しでも関心を持つ人が増えれば」と願う。

全ての生に優しい世界を

 もりこまある結成のきっかけは3年前、徳丸さんがブログにれんげ畑で戯れる愛犬の写真に添えてつづった1編の詩だった。「君の時間は早送り いつの間にか傍をすり抜け 遠いところでほほえんでいる〜失うことを恐れるよりも 出会えた奇跡に感謝しよう」。ブログを読み、動物を思う言葉に共感した森田誠さん(ヴォーカル)と小松義幸さん(ギター)がメロディを付け、曲にしたことが始まりだった。

 作業療法士としてアニマルセラピーに携わり、動物愛護活動をしていた徳丸さんが「歌で命の尊さを訴えることも動物愛護活動のひとつの形になる」と音楽ユニットを結成した。当初は素人が歌えるカフェで演奏していたが、次第に歌詞に共感した人から声がかかるようになりライブハウスや音楽フェスティバルで歌うように。今は月に3、4回、ライブでオリジナル曲4曲を中心に披露する。

 その一つ、『桜の涙〜しっぽたちへのレクイエム』は殺処分される犬や猫への鎮魂歌だ。「幸せにはしてやれなかった何千もの小さな命 桜がたくさん並ぶ山の道沿い 花に見守られながらあの子らは空へ還ってゆく」。1日に全国で処分される犬猫は約650匹。徳丸さんは「天に還って、また今度生まれてくる時は人生のパートナーとして愛される存在で生まれ変わってきてほしい」と思いを込める。

 ライブに来た人からは「がんで余命1ヵ月を宣告されている愛犬を思い、涙が止まらなかった」「多くの動物が人間の勝手で殺される現状を知って驚いた。自分にも何かできないか」との声が寄せられる。「歌詞の意味を理解してもらえるよう心を込めて丁寧に演奏し続けたい」とヴォーカルの坂本佳世さん。

 動物愛護のほか、東日本大震災で大切な人を失った被災者の心に寄り添う曲も作った。メンバー全員の思いは「生きとし生けるもの全ての命に優しい世界をつくること」。深い祈りを歌に託す。
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飼い主とつなぐ迷子札

飼い主とはぐれた犬や猫は、保健所で一時的に保護されるものの、飼い主が見つからない場合は殺処分される。
そんなペットたちの命を救おうと、和歌山市の中嶋真起子さん(57)は昨年夏から、ペットの首輪につける迷子札を配っている。
飼い主の名前と連絡先を記すことができ、「札があれば家に帰れるペットは多い。罪のない犬や猫が殺処分されなくて済むよう、ペットを家族同然に大切にする気持ちを広めたい」と思いは強い。

命の重み広げる活動

 物心ついたころから犬や猫を家で飼い、家族のように動物と接してきた。現在も愛犬のタンクローと暮らし、寝食を共にする。「喜んだり、すねたり、怒ったりと言葉は通じないけど人間とほとんど同じ。欠かせない家族です」
 
2年前、生きた動物の毛皮をはがし、商品として加工される画像をインターネットで目にした。狸、狐、犬、猫と罪のない動物が、金儲けやファッションのために殺されていく現実にショックを受けた。
 
早速、毛皮を取るための動物飼育の禁止を国に要望する署名運動に参加。活動の中で、和歌山でも保健所で保護された犬や猫が、年間3000匹以上殺処分されていることも知った。
「タンクローが迷子になり、殺処分されたら…」。不安で迷子札をつけた時、これを全てのペットがつければ、命が救われるのではないかと思い立った。

 迷子のペットが保健所で保護されるのは原則3日間。飼い主が分からないまま殺処分された直後に飼い主が保健所を訪ねることもある。その多くは鑑札や迷子札を付けていない。「ペットは殺される直前まで飼い主を待っている。迷子札があれば悲劇は起こらない」。昨夏からイベント会場で配り始めた。
 
迷子札は全て自前で用意するため、できるだけ安価で丈夫な物を探し、首輪に付けた時にストレスを感じないよう余分な部分を切り落としてコンパクトにする。一つひとつ袋詰めし、「大切な家族、守ってあげてね」と手書きで一筆添える。「迷子札のおかげでペットと再会できたという飼い主の話を聞くと嬉しい。活動を手伝ってくれる人も増え、命の重みを感じる気持ちが広がっています」と笑顔を見せる。

 将来の目標は、田舎に一軒家を買い、行き場を失った犬や猫の受け入れや、一時的に保護する場をつくること。「一つひとつの命を大切に守っていきたい」。注ぐ愛情に人も動物も隔たりはない。
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声なきものの声 代弁

V.O.VはVoice of the voiceless、すなわち「声なきものたちの声」-----。保健所に収容された犬猫を保護し、里親を探すほか、避妊・去勢手術の啓発活動に力を入れ、イベントでは殺処分される前の犬猫の写真を展示し、命の大切さを訴える。2000年に発足し、3代目の池下勇さんが代表を引き継ぐ。
池下さんは「処分される犬猫も大事にされる犬猫も同じ命に違いない」。身勝手に扱われる心の叫びを〝代弁〟する。

短い一生見届けて

 ある休日の午後、メンバー5人が池下さん宅に集まり、活動を支援する会員への会報発送作業にいそしんでいた。かたわらでは大型のゴールデンレトリバー「ひかるくん」が、安心しきった表情で眠っている。「この子は海南の山奥で保護したんですよ。今よりとてもやせていました。うちに来てもう8年かな。おだやかで大人しい子」。池下さんは目を細める。
 
捨てられさまよう犬、破産したブリーダーが飼育放棄し、充分なエサも世話もなく病気になった犬、保健所で処分を待つ、まだ目も開いていない子猫…。V.O.Vはこれまで犬約350匹、猫50匹あまりの命を救った。
 
一時的に保護し、治療やしつけなどを施した後、チラシやインターネットで里親を求め、譲渡先を見つける。和歌山に留まらず、遠くは千葉まで渡しに行ったこともある。発足時から参加する青木俊幸さんは「とても全部は保護できないので、もらい手のありそうな子を選ぶのが本当につらいですね」。
 
近年は室内飼育が増え、飼い主のモラルが高まってきたと感じる。保護中心だった活動を啓発に移し、避妊・去勢手術の必要性を訴える。簡単に捨てないようにと、他団体と協力し、しつけとマナー教室も開く。青木さんは「動物の一生は人間よりもとても短い。動物を飼うなら死ぬまで見届けてほしい」と力を込める。
 
メンバーはみな素人で、特別に専門知識が深いわけでもなく、かまれてケガをしたこともある。会費やバザーの収入、寄付が支えで、決して楽な活動とは言えない。しかし新たな飼い主の元でかわいがられ、幸せに暮らす姿を見るのが何よりの励みだ。池下さんは「目の前のかわいそうな子を救っても、結局は氷山の一角。どうするのがいいのか自問自答していますが、飼い主自体が向上していくしかないんですね」。共に生きる理想の形を探し続ける。
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鐘の音に祈りを込めて

和歌山ユネスコ協会
 小畑昭子理事

 8月15日正午過ぎ、和歌山市内の寺院から聞こえる鐘の音。和歌山ユネスコ協会が「この日ぐらいは争いのない日にしよう」と終戦直後の1948年に始めた「平和の鐘打鐘会」は今年で66回を数える。同協会元副会長で、現在は理事の小畑昭子さん(84)はこの会に携わって40年。「戦争を繰り返さないよう、戦争を知らない時代の子どもたちに平和の大切さを伝えたい」。間もなく迎える終戦記念日、今年も祈りを込めた鐘の音が鳴り響く。

戦没者の冥福願い

 「楽しい女学生時代の思い出も青春時代もなかった」---。戦時中は学徒動員で兵庫県の航空機生産工場で働いた。当時14歳、和歌山高等女学校の生徒180人とともに親元を離れた寮生活。「ただお国のために。戦争に勝ち抜くために」と朝5時に起き、軍機の部品を作り続けた。
 その後、和歌山に戻り、野崎国民学校(現野崎小学校)で教員になった。1945年7月9日、宿直で学校に残っていた時、空襲警報が鳴った。加太線の線路沿いを必死で走り、土入川の橋の下で解除を待った。焼夷弾が落ち、行く道は燃え、ピューピューと音を立てながら火の雨が降った。昼間のように和歌山の空は真っ赤だった。「戦争は悲惨、二度と起こしたくない」と強く思った。
 48年に和歌山市吹上の岡山の時鐘堂で始まった平和の鐘打鐘会には、40年前に初めて参加した。戦争体験がよみがえり、同時に芽生えたのが「繰り返さないでほしい」との願い。和歌山ユネスコ協会6代目会長を務めた今は亡き夫と、多くの人に平和の尊さを伝えようと、仲間と共に地域の寺を回り、平和の鐘への賛同を呼びかけた。そのかいあって昨年は和歌山市と海南市の31ヵ所に増え、1150人が黙祷を捧げ、平和への思いを馳せ鐘をついた。
 終戦から68年、年々、戦争を知らない世代の参加者が増える。「平和について考える機会になった」「今日は鐘をつけて良かった」と声をかけてくれる人がいる。「第2次世界大戦について考えたり、今ある平和のありがたみに気づいてくれる機会になれば」と願う。
 2000年には日本ユネスコ協会連盟が「平和の鐘を鳴らす運動」を始め、昨年は全国730ヵ所から鐘が鳴り響いた。和歌山発の活動が全国へ広がる。「私も体力ある限りは打ち続けます。ただ打つだけでなく、戦没者の冥福と平和を願って打つ意味を理解してほしい」。そんな思いを人の心に響かせ続ける。
写真=平和への思いを込める
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特攻隊で散った兄 語り継ぐ

戦争体験を伝える
  小松雅也さん

 太平洋戦争末期、尊い命を犠牲にした特攻隊員たち。このうちの一人、22歳でこの世を去った中西伸一さんを兄に持つ美浜町の小松雅也さん(82)は、兄の死、そして家族が抱える悲しみを、県内の小中高校や平和を考える会で4年前から語り継ぐ。「人の命は海よりも深く、地球よりも重たし。講演を重ねるにつれ、これからの人々に悲惨な戦争を体験させてはならぬとの気持ちが強まっています」。永久の平和を願い、自らの声で経験を伝える。

悲劇繰り返さぬために

 「お兄さんのことを話してほしい」。4年前、1件の依頼が寄せられた。「60年以上前のこと、覚えているか…」。しかし、さかのぼると記憶は鮮明だった──。
 1943年、兄、中西伸一さんは念願だった教師になった。しかし、戦争は激しさを増す。翌年、志願し特攻隊に入った。45年4月、兄は1日だけ美浜町の実家に戻った。御坊駅まで見送った際、母は涙を見せることなく、「がんばれよ。手柄を立てるんやで」と手を振った。後日、軍の関係者が家に来た。「中西少尉は見事、敵艦に命中しました」。その際も母は「手柄を立ててくれた」とただ喜んだ。
 77年、兄の33回忌。墓に参り、線香に火を付けた直後、母は「伸一!」と泣き崩れた。聞くと、「今までは天皇陛下に捧げた子。今日の33回忌でやっと私の子になった」と小さな声でつぶやいた。「母はその時、75歳。息子の法事は年齢的に最後だと思ったんでしょう」
 戦後、静岡に兄を慕う女性がいたことが分かった。その女性は度々、美浜町にある墓に手を合わせに来てくれた。特攻隊について調べる中で、兄と同じ5月28日に一人の中尉が特攻隊として命を落としたことを知った。中尉の妻は「私たちがいると気がかりでしょう」と、3歳と4ヵ月の娘と入水自殺した。「この子たちも戦争がなければ、今頃は孫やひ孫に囲まれていたはず。特攻隊員一人ひとりに悲劇があったんです」
 1回だけのつもりだった講演は紀南を中心に小中高校などから依頼が舞い込み、4年間で26回実施した。「美浜町にも爆弾が落とされた。学徒動員の仲間で死んだ者もいる。私はあの戦争をくぐり抜け、ここまで生きてきた。平和のためにできることはさせてもらいたい」
 この8月も講演予定が3回入っている。「平和が続くように、若い人に苦しい目をさせないように…。兄が見てくれているなら、そう言ってくれるでしょう」。語り継ぐことが兄への何よりの供養だ。
26回の講演で2821人が耳を傾けた
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ハーモニーに乗せる願い

ぞうれっしゃ合唱団
  由井 勝代表

 第二次世界大戦中、2頭のぞうを必死に守り抜いた動物園の園長らの実話から作られた合唱組曲『ぞうれっしゃがやってきた』。由井勝さん(81)はこの公演を1990年から開く「和歌山ぞうれっしゃ合唱団」の代表兼指揮者を務める。過去18回の公演で平和への思いを歌声に乗せた団員は、子どもからお年寄りまでのべ3095人。「戦争によって人間も動物もどれほどひどいことになるか、この曲を歌えば自然と分かるはず」。振るうタクトに込める願いは一つだ。

大人動かす子どもの歌声

 舞台は戦中、戦後の動物園。軍の命令で全国の動物たちが処分される中、名古屋の東山動物園では園長らが自らの命をかけ、2頭のぞうを守った。終戦から4年後、東京の子どもたちが「ぞうを貸してほしい」と依頼したが、運ぶ手段がなく、ぞうも高齢。事情を知った国鉄が、子どもたちを乗せた特別列車を全国から名古屋に向けて走らせた──。
 そんな実話が元になった『ぞうれっしゃがやってきた』は11曲、45分に及ぶ合唱組曲。1986年、名古屋での初演以降、全国へ広がった。
 大人も子どもも一緒に歌えるこの曲の公演を和歌山でもと由井さんが動いたのが90年。指導者が見つからず、大学時代から続ける合唱経験を元に担当することになった。「やってみると子どもに教えるのが楽しくって」。子ども90人、大人60人と共に上がった初舞台は大成功。以来、18回の公演を重ねた。
 終戦時は和歌山中学2年。和歌山大空襲の際は、加太にあった自宅の屋根に上り、真っ赤に燃える東の空を見つめた。翌日、いつもの通学路から目に入るのは、焼けた建物とこげた死体。「戦争は人間を人間でなくしてしまう。人間として生きることと戦争は絶対に相いれない。理屈はない。戦争はだめだ」
 自身の体験を、子どもはじめ、団員に伝えることはほとんどない。ただ、公演後に作る文集には「これから私にできる事はせんそうはだめだと伝えていく事」「みんな平和にくらせるのが一番の幸せなんだ」との感想が毎回寄せられる。「この曲から学んでくれる。この先も何かの時に歌詞やメロディを思い出してくれれば」と願う。
 戦後の苦しい時代に国鉄を動かしたのは子どもたちの情熱だった。「うちの合唱の練習でも、元気で生き生きとした子どもの声に負けまいと、大人たちのハーモニーが磨かれていくんですよ」。大人を動かす子どもの力が未来をつくっていく。そう信じている。
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次世代への願い 歌に託す

うたごえ九条の会
 中北幸次さん

毎月9日、JR和歌山駅前に現れる「うたごえ九条の会」。平和を歌う曲を披露し、憲法九条を守る署名を呼びかける。リーダーの中北幸次さん(62)は2009年までの20年間、戦争の悲惨さを伝える「平和のための戦争展わかやま」を支えてきた。「歌も統制されていた戦時中を振り返り、自由に歌える幸せをかみしめています。凄惨(せいさん)な戦争の記憶と、二度と戦争はしないという思いを次世代につなげたい」と願いを歌に託す。

憲法の素晴らしさ伝える

 JR和歌山駅前。アコースティックギターを抱え、道行く人に歌いかける。曲は『折り鶴』『青い空は』と生きる喜びや平和を讃える歌ばかり。「平和は願い、求めないとつかめない。そのために九条は守らないと」。毎月9日にライブをするのは九条へのこだわりからだ。
 平和に関する活動を始めたのは40歳の時。当時勤めていた団体が全国各地で戦争展を開いていたため、上司から「和歌山で戦争展をしないか」と声をかけられた。初回は和歌山大空襲の資料を集め、広島と長崎の原爆関連の写真を展示。2回目は沖縄へ取材に行き、爆弾や艦砲射撃が降る中を逃げまどった証言に胸を痛め、戦争の恐ろしさを肌で感じた。
 以後、2万人の被爆者が運び込まれた広島の似島(にのしま)や、人間魚雷「回天」の元乗組員の証言と毎年テーマを変えて企画。和歌山大空襲で全焼した11小学校の内、現存しない〝消えた小学校〟9校の卒業生も紹介した。会場を訪れた年配者は涙し、そのすさまじい過去の現実は若者の目を釘付けにした。「戦争経験者の記憶を語り継ぎ、平和の貴重さを伝えることが使命」と感じるようになった。
 2008年、趣味で続けていた歌声喫茶の仲間と共に、大阪で開かれた世界九条会議に出演。それを機に仲間と共に「うたごえ九条の会」を立ち上げ、戦争展は09年の20回目を機に後進に託した。
 今年2月に始めた路上ライブでは、通行人から好奇のまなざしで見られることもあるが、足を止めて署名に協力してくれる人は多い。安保条約見直しや憲法改悪反対は訴えず、純粋に「平和憲法の素晴らしさ」を伝えている。
 「戦争経験者が子どもたちに語りかけても伝えきれない部分がある。自分たちの世代が語り継ぎ、『戦争はだめだ』と自分の考えで言える子どもを増やしたい」。戦争の悲惨さを伝え、平和を願う活動への思いは色あせない。
写真=駅前で仲間と演奏
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語り継ぐ7月9日大空襲

戦争体験 紙芝居で伝える
 山本喜美子さん

 「空気が弾ける音とともに焼けた柱が右へ左へ飛んでいく。まるで吹雪のような火の粉です」。和歌山市の元幼稚園長、山本喜美子さん(82)は、1945年7月9日、1100人を超える死者を出した和歌山大空襲の経験を紙芝居にし語り継ぐ。最初は勤務先の幼稚園児に向けてだったが、退職した今も夏になると、小学校から声がかかる。戦争が残す傷の深さを伝えつつ、常に胸にあるのは「子どもたちに平和な時代を生きて欲しいという祈り」だ。

願い込めた「昭和の昔話」

 戦後すぐ和歌山市東高松のみどり幼稚園で教員として働き始めた。終戦からまだ4年。「当時は皆、戦争はなかったこととしてふるまいたい感じでした。家族でも大空襲の夜のことは話さなかったです」
 園では子どもに昔話を聞かせる機会が多く、随筆家の梅田恵以子さんからアドバイスを受けていた。1970年ごろ、梅田さんが「昔話にはその時代を生きた人の知恵がある。昭和の昔話を伝えるべき。それは戦争」と口にした。振り返るのは抵抗があり、幼児に伝わるか疑問もあった。しかし、「戦争の経験は自分たちが話さないと」と思い返した。最初は、戦時中の人の服装や暮らしを1枚の絵にし語りかけた。すると、3歳の子が話に聞き入る姿がそこにあった。
 その後、14歳の時に経験した大空襲を絵にしていった。あの夜、父が勤めていた測候所の官舎(同市男野芝丁)にいた。空襲警報が響き、B29が飛来。和歌山城が焼け、周囲が避難を始めて間もなく焼夷弾の火が燃え広がり、火の海に。竜巻が起き、家の柱などが飛び交う地獄絵図が広がった。生き延びた翌朝、煙で満足に開かない目に入ったのは、真っ赤な街と黒焦げの遺体だった。「本当の戦争は想像を超えていました」
 「せんそうのおはなし」とタイトルを付け、幼稚園で毎夏に語った。退職後も続け、「せめて記憶の片隅に残れば」と小学校から声がかかれば赴く。今年はプロジェクターと紙芝居を使い、小学校全児童に語る機会があった。多くの場合、落ち着きのない現代っ子も水をうったように静まる。「初めて戦争の話を聞いた」「なぜ戦争なんてしたのか」「絶対にしたくない」。寄せられる感想は宝だ。
 紙芝居が終わると、必ず子どもたちと指切りを交わす。「戦争をしない国を守ってください」と。「戦争せず、生きようとすることは難しいこと。しかし、それは本当にすごいことなのです」。静かな語りに深い願いがこもる。
写真=話を聞く子どもたちの目は真剣だ
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世界の舞台へ 和歌山から

プロモーション団体
ローカルヒーロー

 世界の舞台に立つNOBBYこと東宣尚さん(27、写真右)率いるダンスチーム、ダブルロッキンクルーが昨年立ち上げたダンスの総合プロモーション団体「ローカルヒーロー」。第一線で活躍するプロダンサーを招いたイベントやコンテストなどを開き、故郷の盛り上げに一役買う。「自分たちが地元で活躍するヒーローになり、和歌山にいながら、若者や子どもが世界に向けて挑戦できる環境をつくりたい」。和歌山をステージに全力で跳ねる。

地元で頑張るヤツ応援

 ダブルロッキンクルーは東さんが高校時代に立ち上げ、まちなかで踊る会社員や学生が集った。夜のクラブで踊るのが主流の中、今も積極的に地域の祭りや学校の文化祭に出向き、出演を続ける。
 2010年に東さんがダンススタジオHOMIESをぶらくり丁に開設。さらにチームや教室の垣根を越え、ストリート文化の活性化をめざそうと、チームのメンバーで昨年、ローカルヒーローを発足させた。高校生から30代までの15人で、ダンサーに限らず、DJやヨーヨーなどを得意とする個性的な面々がそろった。
 駅前や商店街で練習し、ダンサー同士が交流できた場が今はない。様々な若者が出会い切磋琢磨する場になればとの願いを込め、HOMIES内にだれでも自由に使える練習場を用意した。序々に外部の利用者が増え、今では放課後に他校の高校生同士が教え合う姿も見られる。イベントでは無料のワークショップを開くなど間口は広く、最年長メンバーの遠藤智史さん(35)は「ダンスを教える子どもたちの中から、全国で戦える力が育ってきていると感じる」。
 今、準備を進めるのが9月に主催する和歌山ダンスチャンピオンシップ(WDC)だ。東さんと遠藤さんが9年前に立ち上げ、現在はローカルヒーローが運営を引き継ぐ。昨年は片男波で開催し、100人が出場、500人の観客を集めるまでの大会に育てた。今年は10回目の節目として賞金をアップ。全国からダンサーたちが集結し、熱戦を繰り広げる。
 メンバーの津島大さん(26)は「都会に行かなくても全国レベルで競い合う環境ができた。技術を学ぶだけでなく、色んな人と友だちになれ、喜びを分かち合える」、東さんは「夢を持ち地元で頑張るヤツを応援する大人が必要。そのために自分も世界に挑み続け、刺激を和歌山に持ち帰りたい」。幕は上がったばかりだ。
写真下=次世代のキッズダンサーの活躍を見守る
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タップの響きに故郷愛

スタジオぽこ・あ・ぽこ代表
 田中美和さん

軽快なステップで床を踏み鳴らし踊るタップダンス。岩出市を拠点にタップの魅力を広げるスタジオぽこ・あ・ぽこ代表の田中美和さん(48)は和歌山にちなんだ曲に振りを付けたのがきっかけとなり、「和風タップダンス」を開拓している。地元のみならず、海外へも積極的に出向き、タップ版『ぶんだら節』で交流、和歌山の鼓動を届ける。「和歌山に生まれて良かったとの思いを伝えたい」。タップシューズの響きに故郷への愛を込める

誇り 豊かさ伝えるステップ

 タップとの出合いは学生のころ。大阪芸大舞台芸術科でクラシック、モダンダンスと学ぶ中、先輩に勧められた。関西タップ界の第一人者、宅原浩一さんに弟子入りし、その躍動感に魅了された。
 芸大を卒業してすぐの1987年、和歌山でダンス教室「スタジオぽこ・あ・ぽこ」を始めた。当時の思いは「貯金して和歌山を出て、プロになる」だった。
 当初の予定は結婚、出産で狂い、離婚も経験した。子育て、仕事の両立に悩んだが、「ダンスだけは続けたい」。その思いを両親が支えてくれ、ダンスがより大切になった。
 教室はタップ中心になり、様々なスタイルを試みた。ヒップホップなどリズム主体のものに取り組んだが、定着しない。そのうち「和歌山の人にしかできないタップを作りたい」との思いが湧いて来た。
 2001年、岩出まつりのダンス大会で、三味線グループの参羽奏が編曲した『鞠と殿様』に振りを付けタップを踏んだ。和風の動きをダンスに盛り込むのに苦心し、歌舞伎の動きを参考にした。手応えを感じ、故郷にちなむ曲に次々と振りを付けていった。
 ウインズの『YAPPA紀州』、坂本冬美の『アジアの海賊』。ロックバンド、ザ・ビートの『雑賀孫市』ではビートの生演奏で踊った。「和歌山人である誇り、多くの曲を生む故郷の豊かさを感じました」
 モットーは“踊れる所ならどこでも行く”。言葉通り、海外で日本文化を紹介する催し「ジャパン・ウィーク」に参加、ポーランドなど6ヵ国で踊った。各国で『ぶんだら節』のタップで現地の人と交流する。「地元に留まり、和風タップに取り組んだのは間違いではなかった」と実感する。
 現在は、紀の国わかやま国体のイメージソング『明日へと』に振りを付ける。7月の応援ライブで初披露をめざす。「ダンスには生き様が出る。和歌山を愛し、一生懸命続けたい」。次のステップも和歌山とともにある。
写真=浴衣を着て和風タップ
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踊って越える心の垣根

J―move
 南口卓馬さん

ダンスを通じ、様々な思いを抱える子ども同士の交流を図る「J―move」の代表、南口卓馬さん(35)。ストリートダンスやヒップホップで汗を流す一方、毎回の練習で「しゃべり場」を設ける。ダンス好きの子どもをはじめ、不登校やひきこもりに悩む青少年など様々だが、ダンスでつながる仲間同士、心の垣根を取り払って語り合う。「ダンスは子ども同士の信頼関係を築くための手段の一つ。同世代で支え合い、自信をつけてほしい」と願う。

安心して表現できる場を

 若者の声を社会に発信しよう――。専門学校生として兵庫県で暮らしていた15年前、神戸空港設置の是非を問う住民運動に参加した。空港の維持費を支払っていく若い世代が運動の中にいないことに違和感を覚え、若者グループの立ち上げを考えた。
 運動に協力するダンサーとJ―moveを結成。中高生と共に空港問題を考えるイベントや福祉施設で披露した。「若者が動けば周りの大人も変わる。仲間もダンスを通じて地域の課題を自分たちの事として考えるようになりました」
 就職を機に帰郷。教師の母親から不登校やひきこもりの子どもが増えていることを聞かされた。親や教師ら大人から離れ、子どもだけの場所を求めていた少年時代の自分を思い出し、J―moveの活動を有田でしようと決めた。
 母親や友人の紹介で小中高生を集め、学生時代の経験を頼りに教え始めた。ダンスに情熱を燃やす子、不登校や非行といった壁に直面している子と様々だが、ひとつの曲を同じ振り付けで踊ると一気に連帯感が生まれる。「人前で踊るとたくさんの歓声と拍手で自信がつく。後輩へ指導することで自分の役割も自覚できるようです」
 毎回の練習で欠かせないのが「しゃべり場」だ。悩みや不安、嬉しかったことをざっくばらんに語り合う。抱えている課題はそれぞれだが、ダンスを通じて結ばれた友情から、互いを気遣いアドバイスし合う場面が多い。「そのままの自分を安心して表現できる場に」との思いで、出し合った意見は否定せず、大人からのアドバイスは避け、子ども同士の語り合いを大切にする。
 「話を聞いてくれる仲間がいて強くなれた」「違う考え方を知って世界が広がった」。卒業した60人の子どもたちは、胸を張って社会へと羽ばたいている。「自分で考え、乗り越えていく子どもの力はすごいですね」。子どもたちの成長に心躍らせている。)
写真=息の合ったダンスで信頼を築く
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赤ちゃんとの“会話”お手伝い

ベビーサイン認定講師
 松本江里子さん

 まだ言葉でうまく表現できない赤ちゃんと簡単な手話やジェスチャーでコミュニケーションを取る育児法「ベビーサイン」。海南市の松本江里子さん(43)は8ヵ所で講座を開く県内唯一の認定講師だ。受講者からは「子どもをかわいいと感じることが多くなった」と好評。「思いを伝えられる赤ちゃんも、子どもの思いを理解できるママも不満が減り、笑顔になる瞬間が増えます。楽しい育児のための引き出しの一つとして知ってほしい」。親子の絆づくりを優しくサポートする。

宝探しに寄り添って

 「こんなにあたたかくて、優しい育児法があるんだ」。2010年、インターネットで偶然見つけたベビーサインに衝撃を受けた。聴覚障害を持つ知人が身近にいたため、子どもの頃から日常会話程度の手話は使えた。社会福祉士、介護福祉士の資格を持ち、約20年間従事した高齢者福祉の現場でも手話を使う機会はあった。その手話を生かして赤ちゃんとコミュニケーションを取る方法を知ると早速、週末に3ヵ月間、神戸まで通い、日本ベビーサイン協会の講師資格を取得した。
 講師は全国に約440人いるが、和歌山は1人。現在、和歌山市、橋本市、田辺市、そして泉南市など県内外8ヵ所で指導する。「手を握ったり開いたりするのが“おっぱい”。授乳しながら教えてくださいね」「赤ちゃんがサインを出した時、すぐに声をかけるのが大事ですよ」。独学で取った保育士資格も生かし、講座では大型絵本や紙芝居を使ったり、歌を盛り込むほか、工作も取り入れ、子どもが飽きることなく楽しい時間を過ごせるよう心を配る。
 講座は月1回の半年コース。「『鼻はどこ?』と聞くと“花”のサインを出してくれたんです」「“鳥”のサインをするので窓を見ると、風にそよぐ洗濯物がカーテン越しに鳥に見えたんですよ」。毎月、キューンとなったり、ハッとさせられた瞬間を報告してくれる母親たち。「6ヵ月の講座中、赤ちゃんの成長もそうですが、お母さんの表情が豊かになっていくのがうれしいんです」
 夫婦げんか中、ママの前に座って“おしまい”と伝えてきた、泳ぐペンギンを見ながら「“鳥”? “魚”?」と両方のサインを出した…。資格取得から2年半で、耳にしたエピソードは数知れず。「そんな瞬間、瞬間が宝物。子どもが成長したとき、話してあげてほしいですね」。育児中の宝探しに寄り添う活動は始まったばかりだ。(HPは「きのくにベビーサイン」で検索)
写真=大型絵本を活用しながら楽しく指導
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開放的になれる居場所を

のびのびキッズ海南
 川野英子理事長

共働きなどで日中、保護者が家にいない児童を、放課後や夏休みの一定時間、空き教室や公共施設であずかる学童保育。NPOのびのびキッズ海南の川野英子理事長(63)は、海南市内で5ヵ所の学童保育の運営を担い、スタッフとともに現在、小学校低学年を中心に147人の子どもを受け入れる。「学校が終わって少し疲れて帰って来る子どもたちが、家庭に戻ったように裸になって自分を出せる居場所にしていきたい」と思い描く。

手配り、目配り、耳配り

 「ただいまぁ~!」。学校を終え、元気いっぱいに入ってくる子どもたちを「おかえり~!」と笑顔で迎える。決められた時間内に宿題を終わらせた児童は、私服に着替えておやつを食べ、読書をしたり外で遊んだりと指導員や仲間と思い思いの時間を過ごす。
 和歌山に移住したのは36年前。当時、県内に産休明けの母親が幼児を預けられる場所が少ないことに驚き、大阪の保育所で働いた経験を生かして保育所を立ち上げた。働く母親らと一緒にバザーで資金を集め、民家を借りるなど駆け回った。その後、託児チーム海南を発足させ、2003年に海南市から学童保育の運営を任された。「私も小さい3人の子どもを抱えながら活動したので、働くお母さんの大変さを身にしみて実感できた」。働く母親を応援し、子どもたちを支えてきた。
 子どもたちをあずかる学童保育だが、決して受け身ではない。「子育ての基本は、手配り、目配り、耳配り」と言う。遊ばせるだけでなく、よく見て、その子が必要な時に手を差し伸べる。いつもより元気がない子には「どうしたの?」と声をかけ話を聞き、一輪車の練習に励む子には安全を気にしながらも「昨日より上達したね」とほめる。
 その中で、指導員にもっと専門知識が必要だと感じ、2年前、県学童保育連絡協議会を立ち上げた。地域で格差がある学童保育のあり方を情報交換して取りまとめ、全国研修に指導員を派遣し、県内全体の質の向上にやりがいを得る。「ただケガをさせないように監視することが指導員の仕事ではない。正しい子育ての知識をもって、一人ひとりの子どもに寄り添っていかなければ」と主張する。
 迎えに来た保護者に手渡すのが、児童のその日の様子をつづった連絡帳。「少しでも安心してあずけてもらえる場をつくりたい」。子どもたちに優しい視線を送りながら、親が不安なく働ける地域づくりへ、力を注ぎ続ける。
写真=子どもたちの成長を見守り続ける
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子育て参加で手助けを

預かりスタッフ会員
 中村四郎さん

 保護者に代わり、保育園への送り迎えや放課後の預かりを引き受ける和歌山市ファミリーサポートセンターのスタッフ会員として活動する同市の中村四郎さん(64)。男性会員は珍しい中、8年が過ぎ、成長を見守った子どもは10人を超えた。「子どもから教わることが多く、楽しんでやっています。お母さん、お父さんの手助けに少しでもなれば。こんなに楽しい子育て、男ももっと参加すればいいのにと思いますね」。注ぐ愛情は惜しまない。

困ったとき 心の支えに

 「中村さん遅いー! おくれんぼう!」と元気な声が保育園で待ち構えていた。うれしそうな顔で駆け寄る2人は、6歳と3歳の姉弟で、この日は仕事中の親に代わり、中村さんがお迎えに。自宅では幼い孫も加わり、いっそうにぎやかな笑い声が響く。
 少林寺拳法の指導者として約30年間子どもたちとふれあった経験が役に立てばと、早期退職後、講習を受けてサポートを始めた。月に数回預かり、食事にはじまり絵本の読み聞かせやオモチャ作り、トランプ、公園へのお出かけとアクティブに過ごす。保護者に渡す報告書には、毎回ふんだんに写真を取り入れ、子どもたちのその日の表情をていねいに伝える。 仕事の都合や病気、転居で和歌山に知り合いがいないなど、親がサポートを求める理由や家庭環境は様々だ。「『困ったときには見てくれるんだ』と心の支えになりました」との感謝の声や、サポートを終えた子どもの近況報告が励みになる。
 子育てを通じ、中村さんが支援するのは若いママとその子どもたちだけに留まらない。公民館長を務める和佐地区では、現役のパパや孫と接するシニア世代の男性に向けた読み聞かせ講座、近隣の山での宝探しイベント「パパと一緒に遊ぼう」を開くほか、毎朝、通学路に立ち声をかけ、地域の子どもにも目を配る。
 中学校に進学しサポートを離れても、少林寺拳法を習いに来る子がちらほら出始め、成長をまぶしく感じる。「サポートする会員を含め、もっと子どもにかかわる人が増えてくれればいいと思います。私は子どもたちから宝をいっぱいもらいました。大きくなったとき、じいじと一緒に過ごしたことが心のどこかに残っていればうれしいですね」。親子を見つめるまなざしは温かい。 
写真=他の会員と手作りオモチャの情報交換(左)
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楽しく育児語り合おう

「こそだて楽語会」企画
 西川奈緒美さん

人づきあいが苦手で孤立している母親たちに気軽に足を運んでもらおうと、和歌山市川辺の西川奈緒美さん(51)は自宅と近所のカフェで少人数による「こそだて楽語会」を開く。一人ひとりとじっくり話し、悩みや不安を聞くことで、気持ちを整理し前向きになれるよう支援する。「子育てを大変だと思う人もいますが、これほど楽しく夢があることはありません。一人で抱え込んでいるお母さんたちに安心感を与えられる場所にしたい」と描く。

お母さんの心に余裕を

 学生時代から子どもの成長や発達に関心があり、大学で幼稚園と小学校教諭の免許を取得。3人の息子を育てつつ独学で保育士資格も取った。
 2000年に大阪から和歌山へ転居した。子育てすることに心細さを感じ、子育てサークルへ通った。いざ育児を始めると、学校で学んだ知識が生きず、さらに親業や不登校児支援なども勉強し、日本心理福祉教育研究所が認定する「人間関係講座」の講師資格も取得した。
 子どもに手がかからなくなってきた一昨年から、子育て支援活動を始めた。生後4ヵ月までの乳児宅を訪問する和歌山市の「こんにちは赤ちゃん」事業の訪問員と同市ファミリーサポートセンターの子育てアドバイザーを務める。
 育児中の母親と話す中で気づいたのが親や子の孤立化。近所に同世代の子を持つ母親がいるのに声をかけられない保護者、携帯ゲームで一人遊んでいる子も多い。「親子で何かをする時間が短くなり、親が子を理解し辛くなっている。分からないまま身近な大人のアドバイスも受けられず、不安や悩みを抱え込む人が多い」。人と人とのコミュニケーション不足が子育てに影響していると感じた。
 3男の高校卒業を機に今年、自宅と近所のカフェでこそだて楽語会を始めた。対象は、大人数の子育てサークルに入りそびれた人見知りの母親たち。3〜4組の親子が集まり、子育てに関する情報交換やフリートークを楽しむ。不安や悩みを泣きながら話す母親もいるが帰るころには皆笑顔。アドバイスはせず、話を聞く中で母親の気持ちを整理し、元気を引き出すよう心掛ける。
 「本人の中に自己肯定感が生まれれば、心に余裕ができ、周囲とのコミュニケーションも増える。母親を孤立化させず社会全体で見守っていくよう、取り組みが広がれば」と願っている。
写真=自らの経験を交え語り合う
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太陽のように強く明るく

サンマザー
  林明子代表

 子育てしやすいまちづくりを目的に、2年前に立ち上がったNPOわかやま子育てサークル本部「サンマザー」。代表を務めるのは、5歳児の母、林明子さん(39)だ。和歌山市内の子育てサークルや、趣味や特技を通じて集まった母親クラブなど68団体が登録し、交流する。キャッチフレーズは“太陽のように強く明るいお母さん”。「子どもがのびのびと育つには、母親がいきいきしていなければ。一人でも多くのママを笑顔にしたい」 と話す。

家庭以外に輝ける場を

 育児には苦労した。9ヵ月の子どもを連れて和歌山に転入した時、新しい環境と初めての子育てに疲れ、引きこもりがちになった。そんな時、地域の子育てサークルに誘われた。気はのらなかったが、いざ参加してみると同じ悩みを共有できる先輩ママに出会い、気持ちが晴れた。「家に閉じこもっていたら、独りよがりの間違った愛情で子どもを育ててしまうことも。母親がもっと外へ出て、色んな情報を得て学ばなければ」と思った。
 母親同士のつながりの大切さを実感し、仲間とサンマザーを立ち上げた。活動は子育てサークル情報の発信や立ち上げ支援、行政や大学、医療機関と連携して子育て支援フォーラムを開くなど多彩だ。
 月1回の情報交換会には、各グループの主要メンバーが参加。ふたごサークルや、親子で防災を考える団体など様々で、近況や悩みを打ち明ける。「子どもの卒園と同時にママもやめてメンバーが激減した」「ベビーマッサージを教えられる人はいないかな」などに「それならチラシを配布して、新しい世代に呼びかけよう」「あそこのサークルのママができるよ」とアドバイスが自然と出る。「つながりができれば、信頼できる情報が得られる。仲間がいれば一人で悩むよりも早く解決する」と話す。
 東日本大震災のチャリティーイベントとして主催する親子ふれあいイベントは、母親が特技や経験を生かしたマッサージや手作り雑貨、菓子の店を出し、毎回500人以上の親子でにぎわう。参加当初は引っ込み思案だった人がイベントを通じて生きがいを見つけ、たくましくなる。「家庭や育児以外で社会と関わり、母親が輝ける場をもっと提供していきたい」と笑顔を見せる。
 今後は、「乳幼児世代だけでなく、小・中・高世代の母親の結束を強めたり、父親のネットワークも立ち上げたい」と、更なる“つながり”づくりを描く。
写真=月1回開く子育てサークル情報交換会
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専門家につなぐ“おっちゃん”

わんぱく公園園長
  有本智さん

 海南市北東部の里山、トンボを捕まえた向陽中学理科部員が駆け寄る先には、わんぱく公園(同市大野中)園長の有本智さん(48)。「クロイトトンボのメスやな」「こっちはタベサナエのメス」。昆虫だけでなく、鳥、植物など身近な自然に精通するが、大学は経済学部。知識は自然の中で遊びながら身につけた。「私は学者でも先生でもない。『オオムラサキが好き』など特定の生き物に関心を持つ子を、自分より詳しい専門家につないであげられる地元のおっちゃんでありたい」

子どもの心にスイッチを

 「調査しデータを集めますが、それ以外は虫を取っても、蛇を捕まえてもいい。遊んで楽しんでください」。理事を務める自然回復を試みる会ビオトープ孟子が向陽中学理科部と里山の自然調査を始めて4年。今年度最初の活動日の冒頭、部員たちに語りかけた。
 自らも幼い頃から自然の中で存分に楽しんできた。まず興味を持ったのはコウモリ。次はチョウ、そして鳥類と飛ぶ生き物に関心は広がった。通っていた西貴志小学校の帽子で国蝶オオムラサキを初めて捕まえた瞬間は今も脳裏に焼き付いている。
 2009年、同会が指定管理者になったわんぱく公園の園長に就任。園内の建物には自ら撮影した鳥の写真、そして同公園で活動するわんぱくクラブの子どもたちと一緒に作った昆虫の標本が並ぶ。
 昨年からは雑木林や池がある園内を回った後、問題に答える自然クイズラリーを定期的に開く。○×形式のウルトラクイズも好評だ。特に生き物に関心がある訳でなく、公園の遊具で遊びたいと集まる子どもたちに、生き物が好きになる“スイッチ”を作れないかと知恵を絞る。
 自身は高校進学後、自然から離れた時期があった。和歌山大学3年の時、アルバイト中にたまたまヒナコウモリを見つけ、再びスイッチが入った。通っていたのは経済学部で生物や環境を専門的に学んだ経験はないが、野鳥の会県支部会員や県立自然博物館学芸員らと交流しながら、知識を蓄えてきた。
 生き物を好きになった子たちには「研究者だけでなく様々な分野に進んでほしい」と願う。例えば砂利の川をコンクリート張りにする計画が立ち上がったとする。「その時、スイッチがオンになり、『魚が見られなくなる』と本気で悔しがる。そんな人が土木分野に増えれば世の中は少しずつ変わる」。その礎となるのは自然の中で楽しんだ経験。今日も子どもたちと一緒に身近な自然に目を向ける。
写真=捕まえたトンボを写真に記録
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森を守る子 天野の地から

県森林インストラクター会 
  小出哲司会長

世界遺産、丹生都比売神社があるかつらぎ町天野の森。「宇宙の森」と名付けられた広場から子どもたちの元気な声が響いてくる。この場所を整備したのは、県森林インストラクター会会長の小出哲司さん(68)。毎月、自然体験教室を開き、子どもたちに存分に森を満喫してもらう。「子どもたちが遊べる環境を残したいと思い始めました。遊びを通じて自然を思いやり、千年、2千年と森を守っていく子を育てたい」。山にねざし、自然の恵みを伝える。

森に触れ 恵みを実感

 橋本市出身だが、仕事のため大阪、東京と約40年間故郷を離れていた。しかし、子どものころに遊んだ川や山、池の風景が忘れられず、週末はいつも山や海へ繰り出し、自然に親しんだ。
 50歳を過ぎたころ、自然インタープリター資格を妻の洋子さんと取得。「インタープリターは通訳者の意味。自然を理解してもらい、自然からのメッセージを伝える活動です」。草木や鳥の名前、ネイチャーゲームやクラフトの作り方を学び、森林インストラクターの資格も取得。森に関する知識を蓄え、自然教室の講師を務めるようになった。
 退職を間近に控え、自由に使える活動拠点を探していたところ、故郷の近くで約4900平方メートルにわたる山を知人から購入。2006年にUターンし、天野ののどかな田園風景に囲まれた山間に広場「宇宙の森」を整備した。
 宇宙の森では毎月第3土曜に子ども向けの教室を開く。初めに花や木の名前を図鑑で調べ、絵を描き、匂いをかいで観察。「人が自己紹介するのと同様に、自然と友達になるにはまず、動植物の名前や特徴を知ることから」と自然と向き合う姿勢を教える。
 ツリークライミングや隠れ家作り、木工などを指導するが、基本を教えれば後は自由。「のんびりした自分の性格もありますが、あまり指示は出しません。規則やルールに縛られず、ここに来たときぐらいは好きにさせてあげたい」。子どもたちは木に登り、野をかけ、草花を眺め、自分たちなりに自然と戯れ始める。
 木の皮を使った紙すき体験や、山で採れた山菜と自分たちで育てた椎茸で野外炊飯も行う。その都度、希少な植物や昆虫、樹木の自然界における役割を説明している。「子どものころに森の恵みに触れれば将来、森を守る大人に育つ」。子どもたちに開くのは自然という生きた教科書だ。
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身近な山は“宝の山”

自然博物館学芸員
  内藤麻子さん

昨年、開館30周年を迎えた県立自然博物館(海南市船尾)唯一の女性学芸員、内藤麻子さん(32)は幅広い年代に植物への関心をもってもらおうと、工夫をこらした観察会や展示を企画する。「植物の名前だけでなく、花の美しさや香り、食用かなど五感で感じてもらうとともに、人の整備によって、環境が保たれていることにも目を向けてもらえたら」。絶滅危惧種の草花から、オモチャに工作できるドングリまで・・・。身近な山は“宝の山”だ。

植物に親しむきっかけ発信

 「これ、何の花かなぁ」「ウシガエルがいるんですが、山林整備はどうしたらいいですか」「このキノコ、食べても大丈夫?」。市民から寄せられる様々な質問に対応し、時に足を運び調査。観察会、出前授業、そして山や川、高原など現場を飛び回る。
 博物館は子どもや家族連れの利用が中心だが、幅広い年代に親しんでもらおうと2009年に打ち出したのが、語り部とともに沿道の植物を解説する熊野古道での観察会。ウォーキングや歴史好きの中高年に受け、年1回の恒例企画になった。
 そして現在、準備に奮闘するのが、今年の夏休みに行う特別展「歩いて楽しむ花の旅」だ。今回は「自分と同年代の女性にも来てもらいたい」と、休日に自然にふれて癒やされる「山ガール」が流行しているのをヒントに構成した。
 得意のイラストで、自分自身が登場するポップなデザインのパネルを作成。館内にも、同僚を似顔絵にした「おしえて学芸員さん!コーナー」を設け、親しみやすさを演出する。「マンガで育ったので、視覚的な理解を狙っています。専門家の説明は、お経を聞いているみたいになってしまうことも。一方的にならないよう気をつけています」
 工事や災害など、地域が変われば植物の種類や数も変化する。伝えたいのは、名前や知識よりも、身近な草花や山の一時の姿を見つめ、変化に気づくことの大切さだ。
 出身は愛媛。植物のスケッチが好きだったことから高知大学理学部に進学し、就職を機に和歌山へ。「博物館で遊んでいた子が進学した時に報告に来てくれるのがうれしい。『内藤さんと一緒に新種の植物を発表したい!』と言ってくれた子もいます。学生時代、植物が好きな先生と山に入って楽しかった。私もそうありたいですね」。まき続けた興味の種は、着実に根付いている。
写真=五感での観察を大切にする
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